ぼくののうみそ-中央線アンダーグラウンド

僕ら、光に集まる虫のように
今はもう無くなってしまったのだが、高円寺に「山おやじ」という居酒屋があった。
この店に最初に入ったきっかけ、また度々通うようになった経緯など全く記憶にないのだが、気づいたら月に1回は何となく一人でフラっと入るような店になっていた。

山おやじのウリはその安さだ。どんなに飲んでも2,000円を超えたことがなかった。
安く、長く居るにはもってこいのお店で、結果としてそこはビンボー学生やバンドマンの巣窟となり、客単価が安い割に回転率の悪いという典型的な儲からない系の居酒屋だったように思う。

夜も11時ぐらいになると実質一人できりもりしているヒゲ面の店主も飲み始め、2時を過ぎたころに結構出来上がっているのを度々目撃している。
店主が酔っ払っているときに会計が妙に安いときがあり、多分途中から伝票に飲み代がちゃんとチェックされていないのだろうということを悟ると、俺は「夜中に来よう」と、そう閃(ひらめ)くに至ったのである。

あるとき、深夜コンビニで弁当を買おうとしていると、酒の買出しにきたと思しき山おやじの店主と遭遇したことがあった。普段はさほど口数の多くない店主だが、そこそこアルコールが入っているらしく、その日はいつもより饒舌に絡んでくる。

「飲みに来いよ」

そういうわけで誘われるがまま山おやじに行くと、その数時間後、朝方に店主の酔いはピークに達したらしく「今日はもう終わり」と言って残っていた数人は店を追い出された。
というわけでその晩、俺は1円も金を払っておらず、いいのかしらとオドオドしつつ、心の中で「やはり夜中に来よう」と固く決心していたのであった。

金が無いが酒が飲みたくてどうしようもないとき、夜中の2時ごろまで家でぼんやり過ごしたのち、「そろそろ店主の酔いも回っただろうか」と立ち上がり、トボトボ歩いて山おやじに向かった。クズの所業であるが、この手を使い、俺は2回か3回か、タダ同然で酒を嗜んだ。
全く所持金がないとき、二匹目のドジョウを狙って、以前遭遇したのと同じコンビニに同じ時間に向かい、酔った店主の登場を1時間ほど待ち伏せしたこともあった。
1時間待っても店主は来ず「じゃあいいわ」と俺は道にツバを吐いて帰ったが、あの時は泣きたくなるほど金が無かったのである。

ある日の夜中、ダメ人間の街・高円寺には、それを体現すべくついに所持金0円で山おやじに突撃せんとする俺の姿があった。
結論から言うとその日も全くの無傷で無事自宅へ生還したわけだが、考えれば考えるほど、こういう輩のせいで山おやじというお店は潰れてしまったのではないかと思い、心がいたんでならない。

山おやじの店主は元気だろうか。お礼がいいたい。
| zukkini | 高円寺 | 22:37 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
And More!!!奇跡のインタビュー
九州新報(@kyushushinpou)発行のフリーペーパー「CAESAR(カエサル)」の記念すべき第一号にて、どういうわけか以前当ブログで取上げた、世界でもっとも有名なバンド、And More!!!の特集が組まれたので報告します。

内容はAnd More!!!独占インタビューからディスコグラフィーで振り返るAnd More!!!の歴史などなど・・・、And More!!!ファンにはたまらない内容となっております。
「CAESAR(カエサル)」でしか読めないAnd More!!!奇跡のインタビューをどうぞお楽しみください。

入手方法としては、セブンイレブンのネットプリントで「11790034」で20円で印刷できます。(さくら水産の「魚肉ソーセージ 50円」より安い!)
フリーペーパーなのに20円取るんですか?など、したり顔でツッこんだ人がいましたが、20円は手数料と印刷代なので別に俺に金は入りません。(タダや!)

And More!!!ファンなら買うよな?!(誠意みせろや!)
| zukkini | お知らせ用 | 00:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
多摩動物公園へ行ってきました
唯一GWらしいことをしたのは、多摩動物公園に行った5月4日だけだ。

そもそも「GWらしさ」とは何か。
「GWらしい」という日本語の意味について4日間ほど黙って考えていた俺だが、そういう細かいことを考えずに無邪気に外に出ることだとGWも半ばに差し掛かってようやく分かった次第である。

そして向かったのは多摩動物公園。ここを選んだ理由はこの日がたまたまタダだったからである。
「む!多摩動物園がタダ!行くぞ」と、しきりと「タダ」を理由に嫁を連れ出し、今にも雨が降り出しそうな多摩モノレールの中で「多摩動物園へは一度行きたかった」など窓の外を眺め、そう口走る甲斐性レスの姿がそこにあった。

これは本来、「吉祥寺で『人間交差点』を買い占める」なる、具体的なのか抽象的なのか良く分からない計画のあった日の話である。






最寄駅に着いた時点で雨脚は確実に強まり、14時ごろに入場したときには、午前中に来場したものの、雨具を持たぬことを理由にそそくさと退場する客のほうがかなり優勢。
これは追い風である。

案の定、動物園内はGW半ばの、しかもタダの日だというのにそれに似合わぬ閑散とした有様。動物を独り占めするチャンスが到来しているように思われた。





トリたちは雨にも負けず生き生きと躍動し、俺もガラガラなのをいいことにトリに大接近。
元来説明書をよく読まずにプラモなどを作るタイプなのだけど、やはり動物園でも同じでどのトリが何て名前か説明書きをよく読まず、とにかく人懐っこい奴はいいトリと決め付けてはポケットに入ったホコリを疑似餌として配り、トリたちを沢山集めることに執心していた。





トリは大体、何かを探すことに必死で、俺はタダで入ったこの動物園にて早くも生きることの大変さを学んだ。





他のトリが何かを探すのに一生懸命なのに、こうしてぼんやりして過ごすトリも居ることを知って満足感でいっぱいだ。




並んで寝るトリ。
トリの夢に出てみたいと、そう思った。






楽しそうなトリたちと違って、陸上の動物は何か様子が変だった。
このイノシシに関しては、終始オヤのカタキのように石を舐め続け「何かそこにあるのだろうか」と10分程度観察していた俺を裏切る、単なる暇人のたぐいの、大変ロクでもない野郎なのであった。





同じブタ類でもその愛くるしさと「夢を食べる」というタレント性で名高いマレーバクなどは、その予想を超えた大きさにはじめこそ感嘆の声を上げた俺であったが、10分程観察する間、微動だにせぬ高飛車な態度に「俺の陰夢を食べて胃もたれしろ!」と心の中で念じた次第であった。





水牛の怠けた態度には呆れたもので、終始細い軒下でチマチマと雨宿りに徹するその姿には、思わず「名前についた『水』の文字が泣いてるぞ!」とそう念じずには居られなかった。





「今日はタダの日だから」と吹聴されているかのようなやる気のない態度。
これがサイだと気づくまでにおよそ5分要した。サイだと分かったのはたまりかねた俺が「なんの動物だろう」と、わざわざ看板を見たからである。「サイ」と書いてあった。看板は見るものである。





ヤギぐらいは・・・・と思ったがヤギもこのざまである。





ヤギといえば、元阪神、代打の神様・八木。
八木はいつ出番が来るとも分からぬ代打という役割において、集中力を切らさず毎日きちんと準備をしていたという。
かたや怠惰の神様・ヤギである。上手いことを言ったような気がして心拍数が上がってきた。





ダイ、チュウ、ショウに加え、恐らく寿司からインスピレーションを得たと思われるジョウが加わる。
次はナミか。オスの名前はもうちょっとひねってあげても良いのではないか。





トラもぼんやり。





名前はシズカ♀なのだそうだ。
なんだか高い指名料を取られそうな写真。
いやはや、ハンドルに白いカバーを取り付けた車でラウンド・ワンとか行きそうな、何か育ちの悪そうなトラである。





驚くなかれ多摩動物公園。トラコーナーとオオカミコーナーが壁一枚で隣接。
つーわけで、この真ん中に「スイス人」などを展示するとユーモアがあって大変よろしい。




「世界まる見え!テレビ特捜部」の「世界最強動物決定戦」が大好きな俺としては、この壁を破壊したいという熱い鼓動で涙が止まらない。





森の人と呼ばれるオランウータン。
ラップグループのウータン・クランと響きが似ているのだが、





オラン・ウータンのボーカルはジプシーである。





「ヤマネ」という冴えない名前の割には「すみか」は「成熟した森林」なのだそうだ。
俺が近づいても全く姿を現さなかったのは未熟だと思われたからかもしれない。ヤマネ、今度会おう。





ゾウはとにかくデカくて、そのほかでは、いなり寿司に似ているなあというのが正直な感想だ。





馬を見ると大変和んだ気持ちになる。
なんかわからんけど、馬も段々いなり寿司に見えてきた。





コアラは20時間寝るのだそうだ。
俺も大学生のときに20時間寝たことがあるが、確かにコアラみたいな寝癖になっていたような気がする。





コアラの主食、ユーカリの葉。





かたや人間の主食であるコンビニ弁当。
ごみはかたづけよう。





「江古田ちゃん、江古田ちゃん」と言いながら写真を撮る女子に何事かと思い、かの漫画で「猛禽」なる単語が頻出であることを思い出す。
それより重要なのは「ワシとタカの違い」について「明確な区別はありません。」という冷たいひとこと。





チンパンジーコーナーへ行くと、プロマイドが盛んに飾り立ててあった。





ジンとピーチはカクテルつながり、サザエとミルは食用貝つながりだろうか。
例えば「カズマ」とかつけると来場者の中にいる彼女連れのカズマに「ジョカノの前で恥かかせやがって」などと言われるかもしれず、あえてこういう冴えない名前にしているかもしれない。
名前を考えるのも一苦労なのだろう。





チンパンジーの飼育係に質問をするコーナーがあった。





なかなか鋭い質問や、





ナメてんのかっていう質問にもきちんと答える姿。(或いは哲学的問いなのか)
ここも一つの見所であると感じた次第である。

*****

今日でGWも終了。残念ながら明日から仕事である。
嫌過ぎてたまんないんだけど、せめて唯一GWらしさを感じた多摩動物公園をGW最大の思い出としてここに記録して長かったGWの締めとしたい。
皆さん、よい月曜日を。
| zukkini | 日記 | 22:35 | comments(5) | trackbacks(0) | pookmark |
奇跡のカレー
以前書いた「カレーいいよ」とあわせてお読みください。

*****

カレーというのはご存知のように最初に野菜と肉を炒めないといけない。

俺だけでないと信じているが、この炒めている段階の野菜を眺めていると、空腹も手伝ってか、どうも物凄く美味そうに見えて、カレーなどもうあきらめてこのままこの愛おしい炒め野菜をそのまま食ってしまおうかという、そんな強烈な誘惑に毎回襲われるのである。

かつてカレーを作っていたとき一度だけこの誘惑に負けてしまったことがあった。
炒めていた野菜を眺めているとムラムラーっとこう、何か自分の中のアニマルな部分が頭をもたげ、半ば衝動的に、あろうことか近くにあったという理由だけで選んだ醤油をぶっかけて、混ぜて、こねて乱暴にガガガッと食べてしまったのである。多分目は白目だったと思う。

それなりに食っておなかが満たされたとき、はっと我に返り、自分がてごめにしたその醤油漬けの炒め野菜の無残な姿を見て「なんてこったい・・・」と心を痛めた。
DV夫が妻をスパコンとおもいっきし殴ったのち、我に返ったときのあの腑抜けた表情で、一言「すまん」と言ってはやさしく元の鍋に戻し、半泣きで再びカレーを作り始めたのである。

問題はここからなのだが、そうして紆余曲折ありながらできあがったカレーの味と言ったらこの上なく、まさかではあるが、かつて味わったことの無い奇跡の美味さだったのである。
「いやあ、どうだったかな」と思い出してみるが、あの時は確か白目でトランス状態だったのでぶっ掛けた醤油の分量などは永遠の謎であり、同じようにわざと半狂乱になり乱暴に醤油をぶっ掛けてみても、二度とあのカレーの味にはならないのである。そしてわざと狂いながら醤油、というのは圧倒的にむなしい作業なのである。

とても残念でならないが、もう俺の手には負えない。
あのときの奇跡カレーについて何か答えを知っている人がいたら教えて欲しいものだ。




| zukkini | 食べ物 | 11:09 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
好きな音楽について語ること
「好きな音楽は何ですか、とか聞かれると困る」って、音楽が好きな人は嬉しそうな顔でよく言っている。

確かに、ある程度音楽が好きな人はジャンルなどほとんど意識せずに広く聴いているはずだし、そもそも何かの熱狂的なファンでもない以上、あの質問に即答することは難しい。
きっとここで「困る」と言うのは、一言で説明するのが難しいので困るのと、俺の音楽の趣味はハイレヴェルで奥深く、そして広大なのでそんなに簡単な質問で判断されたら困るゼェ、の二つの「困る」があるはずである。

好きな音楽の傾向はあるにしてもそれは非常に抽象的で言葉としてなかなか表現するのに難しいものである。特に相手との音楽知識に差があると思われる場合は難しく、大概「ロック」とか「昔のやつ」とか、ついには「洋楽」などといった至極大雑把な説明に着地するのである。
本当は「ストーンズっぽいやつ」とか「シューゲイザー系」など、音楽的教養というか、ある程度の共通認識があれば伝わるキーワードがあるのだが、それが使えないときに正しく分かってもらう労力は計り知れない。

「別に分からんやつに無理して正確に伝えなくてもいいじゃないか」

ごもっともなのである。
ただそれはご趣味が犬の散歩、Suicaはオートチャージをしているような心と財布にゆとりのある方の意見であり、一方で音楽鑑賞だけを心の拠り所とするヒクツなBoyzとなると、自分がどういう音楽を「纏(まと)っているか」ということをかなり重要視しており、この辺りの「見られ方」を強く意識するきらいがある。とってもとっても、難しいの子たちなのである。

学生時代の俺を思い出すと実に恥ずかしく、堂々と「オレは聴いている音楽でヒトを判断しているぜ!(えっへん)」などとシタリ顔で公言していたし、何ら特筆すべき才能も無い取るに足らない自分を大きく見せるのは聴いている音楽の質と量であると信じていた。
これは何も俺だけの特異な性質ではなく、音楽的知識が中程度になったあたりからこのような人物は急激に増えてくるはずである。(そしてこの「中程度」は驚くほど自己判断である)
いわゆる、語るために音楽を聴きだす時期であり、この時期に聴いた・買ったCDにはほとんど思い入れが無いことが多い。俺のCD棚にはそういうかつてヨコシマな気持ちで買ったアルバムが、CD棚に箔をつけるためだけの目的を果たすべく、今も幾つか陳列されている。


例えば、「好きなアルバムを10枚挙げて」という質問は「好きな音楽はなんですか」の大雑把さと比べると幾分か回答するのに楽かもしれない。
楽と言うより音楽好きはいつもどこかで積極的に10枚のオススメアルバムを発表する機会を窺っているものである。聞かれたくてウズウズしているはずである。
10枚あれば自分を音楽的な趣味を象徴するアルバムを適切にチョイスすることは出来るし、そこには自分の音楽的な幅の広さや、奥深さ、意外性などを充分含ませ、色をつけて伝えることが可能だからだ。
周りに自称音楽マニアがいたら、試しにこう聞いてみよう、「パイセ〜ン、好きなアルバム10枚挙げてみてくださいよォ・・?!」って。
返事はこうだ。

「え、ええぇ?!ったくぅ、っざってぇなあ・・・まあ、10枚じゃあ収まりきれないぜ・・・?

聞きましたか。
まるで己のBIGスケールな器が収まりきれないかのような口ぶり。お前じゃないんだよ。CDだよ、コンパクトディスクだよ。
また、「面倒くさいなあ」などのたまうお顔をよくよく拝見すると嬉しそうなこと甚だしく、イラっとして「じゃあ別にいいッスよ」と返答したくなるお気持ちをグッと堪えしばらく待ってあげてもらいたい。
3日後(意外と早い)、全曲「ここがすげえ」解説付きのトップ10リストが渡されるはずである。
あと、付録でAmazonもビックリの「これを聴くヒトはこれも聴いています」という別冊リコメンド・リストも着いてくる。そして大概こっちの内容のほうが圧倒的に充実しているのである。

だがこのマイ・トップ10リスト、これを作成するにも愚かな自称音楽マニアの困った性質が頭をもたげ、何かと歯がゆい思いをするのが常。(だから別冊リコメント・リストで補填する)
本当に好きなアルバムだけを素直に選べずに、世間体を意識するあまりに背伸びしたり、選んだ10枚のバランス調整などを考えるあまり、しばしば本位ではないチョイスをしてしまうのである。つくづく難しい人種だと思わざるを得ない。
だからヒズ・トップ10リストを受け取ったら、すぐ捨てよう。


とまあ、ここまで自称音楽マニアの生態について説明を続けてきたが、実はこれ、ほとんどかつての俺のことなのである。あんときは本当にすいませんでした。
半ば懺悔のような形でこの恥ずかしい音楽マニアの恥ずかしい生態の一片をお伝えしたわけだが、このような生態を踏まえていただいたうえで、この流れのまま、今回は俺が愛してやまない音楽アルバムトップ10を発表したいというのが本題なのである。
ボクもオトナになったし、今なら正しい判断のもと、自分の気持ちに正直な、普遍的なリストが作れるのではないか・・・・、そういう気持ちで今からかつて何度も聞かれた「好きな音楽は何ですか」というクエスチョンに対するアンサーを出させてもらおうと思う。
細かいレビューは俺が書かなくてもAmazonで読めるのでそちらを参考にしてもらいたい。
あくまでどうでも良い思い出とともにお伝えします。

※ビートルズは除外しました

*****


T.REX/The Slider(1972年)





大学生の時に聴きまくっていたのがなぜかT.REX。
オリジナルアルバムは当然のこと、未発表曲、ソロ時代のブートレグなど狂ったように集めていたのが高円寺に住んでいたときで、T.REXは今だに何か一番混沌としていた学生時代の象徴である。
人生最初で最後のパチスロでたった3,000円の軍資金をビギナーズラックで35,000円に化けさせた俺は、その日のうちに文化の象徴、ターンテーブルを買っていた。喜び勇んで近所のレコード屋でステータスシンボルのレコード漁りに興じ、そして最初に買ったレコードこそこのアルバム。
「うーん、これは良い、CDで買えばよかった」など、元も子もないことをつい口走り、やはり俺は生音とかどうでもいいから、結局CDのほうがとても使いやすいのであった・・・・。


Spanky And Our Gang/Without Rhyme Or Reason(1968年)





「ギターポップ、ネオアコ、ネオモッズ、パワーポップ、英国系ロック、ソフトロック

ハードロック、ヘビィメタル、プログレ、フュージョンをダサい洋楽とするならば、これらはいわゆるオシャレ洋楽であり、オシャレ女子洋楽ファンとの確かな接点が用意されていた。
渋谷系と呼ばれるカルチャーに溢れた人々にリンクするこうしたオシャレ洋楽にあやかろうと、俺も大好きだったプログレを捨て、ネオアコ、ソフトロック、モッズを聴いていた時期が確かにあったのである。
このアルバムは、そんな不純な動機で聴き始めた俺すらも改心させた、ポップセンス溢れる素晴らしいアルバム。細野晴臣もカバーした50sの名曲「香港ブルース」のカバーだけでも聴く価値がある。最高の1曲だと思う。
おかげさまでそれなりにオシャレ洋楽には詳しくなったが、よく考えたら女性はもちろんのこと男性の知り合いも居らず、また一つ、狭い風呂無しの小部屋で無駄に音楽の幅を広げただけであった。



Paul Mccartney/RAM(1971年)





小さなレコード屋で流れている曲は大概レジで無愛想に座っている店員が選んでかけているモノである。
自称音楽マニアはこのとき店員がかけている曲を「いいな」と思ったとしても、それを「この曲良いですね、何ですか?」尋ねることに強い抵抗感があるもの。何だろう、敗北感というのだろうか。難しいね、バカだね。
だからどうしてもというとき、最低でも「この曲、何でしたっけ?」とさも「ちょっと忘れちゃいまして・・・」的な聞き方をするわけである。
ポールマッカートニーのRAMというアルバムも同じ出会い方だった。「この曲、何でしたっけぇ?」と尋ねたのはディスクユニオン御茶ノ水店だったのだが、そこで買うのがシャクだったので「あ、そうだったかあ」などブツブツ言いながら店を出て、買ったのは新宿店。難しいものである。
というわけで、それくらいこのアルバムは名盤であると伝えたい。



Of Montreal/Satanic Panic In The Attic(2004年)




俺はポップミュージックが好きなのである。捻りの効いているのが特に良い。
Of Montrealは90年代後半からずっとインディーズかメジャーなのか良く分からない地味な活動をしている、知る人ぞ知る実力派バンドである。
彼らはかなりのアルバムを出しているバンドなのだけど、過去のアルバムはどれも「惜しい」作品ばかり。何かが物足りなかったのである。
もっとこういう楽器つかって、ここでコーラス入れて、みたいな事を勝手に考えてあげていたもので、完全なエア・プロデューサーである。
このアルバムを聴いたときは「お、君らやっと分かったな」という感じの何か分からない感動があった。「ワシが育てた」に似た感情とでもいうか。いやこれ、音楽好きな人なら一度ならずやったことはあるはずだと信じたい。
というわけでOf Montrealの皆さん、偉そうなこと言っててすいませんでした。ボクはバンドをやってないばかりか何ら楽器も出来ません。
お詫びに言います。このアルバムは最高です。



David Bowie/Ziggy Stardust(1972年)





曲も最高だが、デビッド・ボウイの場合、完全にこの人物自体のファンである。
理由は色々あるけれど、一番はルックスだ。イケってるメン度はロック界随一ではないだろうか。年齢とともに漏れなくデブになり我々を悲しませるミュージシャンが多い中、デビッド・ボウイは相変らずの細身をキープしている。
むしろ近年、ドンドン生気を失い、痩せ細りながら「アフリカに食糧を!」っていう姿に、まずはお前が食えと言いたくなるレベルである。
で、このアルバム。正式名称は「The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars」なのだが、そんなことには誰も付き合っておられず、略して「Ziggy Stardust」と呼ばれている。
このアルバムは他の連中とは一味違うデビッドさんが考えた徳の高いSFストーリーであり、要約すると、

「あと5年で世界が終わる!ヤバイ!」
「私が助けてやろう、私の名前はZiggy Stardustだ、あと後ろにいるのはSpiders from Marsだ!」
「すごい、Ziggyさん左手でギターをやってのけている、この世に希望を持ったよ!」
「はっはっは、そうだろう私を崇めなさい」
「さすがやーZiggyさぁん」
「はっはは、この星は悪いようにはせんよって、酒と女もってこい、あと白い粉な!おっと、言うても大田胃散やないでーアレやでアレ〜(ニヤリ)」
「(Ziggyさん最近血尿でヤバいらしいで・・・)」
「ううう・・・Ziggy体調悪かし淋しいけん、自殺しようかなぁ」

という話である。
曲自体の素晴らしさは言わずもがな(ロック史に残る捨て曲の無さ!)、そういうストーリーも意識するとバッチリハマった素晴らしいアルバムだと分かるはずである。



The Beach Boys/Pet Sounds(1966年)





ビーチボーイズを軽いサーフサウンドだと思い込み、見事にスルーしたまま20歳になり大変な大損をコいた。
特に1966年〜69年の間に発表された4作は素晴らしく、中でもこのPet Soundsの出来ときたら、当時大学4年生、留年と極貧に喘いでいた俺がドラフトワンをチビチビ飲みながら聴いて謎の涙を流したほどである。
就職活動中、エントリーシートにこのPet Soundsの感想文を書いたらまさかの書類通過を果たした会社があり、「人事にロックファンがいる!勝算アリ」とノリノリで面接に挑んだら「では、自己PRを」と至極普通の面接でアウアウになったのも良い思い出だ。
家に帰って、このアルバムでもっとも美しい曲「God Only Knows(神のみぞ知る)」を聴いて、「俺の選考結果のことだ・・・!」と目を輝かせた俺は、後に「自己PRを」との質問に「Amazonのベストレビュアーです!」というイカしたアンサーソングをカマして失笑を買ったことがあることでも有名である。
つーわけで、Pet Soundsの素晴らしさは充分お分かり頂けたかと思う。



Electric Light Orchestra(E.L.O)/Out Of The Blue(1977年)





奥田民生がE.L.Oの大ファンなのだそうだ。
彼が作ってPUFFYが歌った「アジアの純真」を改めて聴くとE.L.Oのオマージュであることがよくわかる。俺がE.L.Oについてアレコレ説明するより「アジアの純真」っぽい音楽と言ったほうが分かりやすいかもしれない。
E.L.Oはほぼ毎年アルバムを製作していたが、1976年〜80年の間、一切駄作を出さないといういわゆる「スターをとったマリオ状態」に入る。
そういえばE.L.Oといえば、音楽的にもマリオがスターを取ったときの疾走感やキラキラした華やかな雰囲気で溢れており、この「スターをとったマリオ」という表現は的確かもしれず、自身の表現力の鋭さに身震いがする次第である。
このアルバムはそんな名作乱発期の中でも1位、2位を争う名作。個人的には「Mr.Blue Sky」「Sweet Talking Woman」という男女を表す2つの名曲が一緒に入っているだけでも幸せです・・・!


The Kinks/Soap Opera(1975年)





キンクスはビートルズ、ローリングストーンズ、ザ・フーと並んで英国4大バンドと呼ばれているがキンクス以外の三つと比べると知名度やヒット曲は著しく少なく、三大料理における「トルコ料理」のような「へえ」感がある。
60年代にグループサウンズ、モッズなどで人気となったバンドの多くは、70年代に近づくとキャーキャー言われるだけに飽き飽きし、「俺たちこんなことも出来るんだぜ」とばかりにこぞってコンセプト・アルバムなる、アルバム全体で一つのテーマ(生きることへの苦悩、理性と本能とは、アフリカがやばい!など)を取り扱うワンステップ先のバンド活動に勤しむようになる。これがフミヤートの背景であり、堂本剛も今コレである。
そんな中、キンクスも「俺も俺も」とコンセプトの荒波に乗り出し次々とコンセプト・アルバムを発表してくのだが、その扱うテーマときたら、「学校行きたくない!」とか「酒が美味い!」とか「イギリスの田舎最高!」など、かゆいところに手が届く、実用書のようなラインナップが多い。(一連のアルバムは登場人物が繋がっており一つの作品と見るむきもある。)
Soap Operaはその中でも「仕事めんどくさい!」をテーマに扱ったミュージカルチックな作品。会社員が「俺は実はロックスターなんだ」と思い込み、現実に戻る様をロックとミュージカル音楽の融合の中でコミカルに表現している。



10cc/How Dare You!(1976年)





邦題がなぜか「びっくり電話」とビックリするほど適当なことでも有名。
他のバンドとは違った少しスれたポップ・ミュージックが特徴で、近いのは唯一Queenぐらいだと思う。ワシらは他のポップ・ミュージックとは違うよ、オトナのポップスだよ、友達は少なくていいよ感が出ていて、「ああこの人らボクに似ているなあ」と勝手にシンパシーを感じる次第である。言っておくけど俺は友達は欲しいタイプである。
元々レコード屋でジャケット見て気に入った、いわゆる「ジャケ買い」したアルバム。たまたまびっくり電話では成功したが、基本的にジャケ買いは危険である。ただ外見だけを見てインスピレーションのみで決めるため失敗の確立は格段にUPするからだ。
だが、視聴をしたり、確かな情報を元に確実に良い作品に出会うほうが効率的で良いのだが、明らかに買って失敗した作品にへこたれず、強引に聴きこんだ後に「だが、いいところもある」と自己暗示にかける技術だって必要だと思う。社会に出て役立つのはそういう技術ですからね・・・!



The Zombies/Odessey And Oracle(1968年)





特に変化球もなく、淡々と凄く良い曲が続くだけのアルバムとしかいいようがなく、誰でも作れそうな単純な曲ばっかりなんだけど意外と無いなあという感じのアルバムである。
一番好きなアルバムはと聞かれたらこのアルバムと言うことに決めているのだけど、音楽に限らず何でも「一番好きなもの」と言うのは予め決めておく必要があるように思う。
一番好きな映画は、と聞かれたら最近では「タクシードライバー」と言っている。一番好きな食べ物は結局コロッケであり、一番嫌いなCMは?と言われたら「ガンガンガン速のCM」で即答である。
好きなものを即答できる人が羨ましい。人に好きな○○は?と聞かれてスグに答えられないのは残念なことだ。
今俺もいくつか一番好きなものを思い出そうとしたが、今挙げたものしか思いつかなかった。その中に堂々、ガンガンガン速が入っている俺って一体・・・

今、自信を持って言えるのは、俺はコロッケのことが本当に好きだと言うことである。
というわけで、今日は一体何のお話だったでしょうか。またよろしくお願いします。



******

・x・ぼくののうみそ、今回で800回目の更新です。
引き続きよろしくお願いします。
| zukkini | music | 13:20 | comments(12) | trackbacks(9) | pookmark |
突然後輩になるオッサン現象について
突然後輩になるオッサン現象について今日はお話したい。

学生のときにアルバイトをしていたカラオケ屋の店長(47)が、突然我々に敬語を使い始める時間帯があった。しかも体育会系のノリで「〜ッス」という具合。サン付けまでしてくれるという徹底ぶりで、普段妙に偉そうだっただけに甚だ奇妙であった。

「俺がやるッス、俺がやるッス」

ご覧になりましたか。
このように言葉だけでなく、積極的な態度まで完全に後輩になるのである。

顔はいたってマジであることからおふざけではなさそう。俺が何かしたようにも思えず、心当たりが全くない。
この店長後輩化現象、他のバイト仲間に話したら「確かにそういう時間帯がある」という証言が得られた。
スズキ君というイケメンは「試しにこき使ったら言うことを聞いた」とかなり踏み込んだ検証を行っており、イケメンの秘めた残虐性を垣間見た瞬間でもあった。

「おい、ちょっと時給あげとけや」
「上げるッス、スグ上げるッス」

こんなことも可能だったかもしれないが、勇気のない俺は結局後輩化した店長をスルーすることしか出来ず、ただ気持ち悪さを感じながら働いただけであった。

「洗い物はボクがやっとくからいいッスよ?」
「・・・・」

「幼児退行」はよく聞く話だが、このような「後輩退行」は聞いたことがない。仮に精神的な何かだとして、退行するにもこの中途半端な退き方はイラっとする。
詳しいことは素人なのでよくわからんけど、退くならもっときちんと退いてほしいものである。


今回のカラオケ屋の店長は一つの極端な例かもしれないが、こうしたオッサンの意表をついた後輩化は珍しいことではない。
皆さんもどこかで経験したことはあるのではないだろうか。

終始厳しいムードで進んだ緊迫感溢れる会議。その締めが「じゃあ、それでいいッスヵね!?」など、肝心なところで一番偉い人が後輩化して妙な雰囲気になる事例など、気づけば沢山あるはず。
そういう時はどうか騒がず、落ち着いて適切に先輩ぶってもらいたい。後輩だからって殴っちゃだめだよ!


| zukkini | 雑記 | 16:46 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
ハイパー・カーナビ・システムとの交信
前の職場でたまに客先へ同行して貰っていた小さな樹脂加工メーカーの社長、ナカムラさん(50代・仮名)は、車での移動中、ハンドルを握りながらよく独り言とも冗談とも取れないことをブツブツつぶやいていた。
特に多かったのがカーナビの音声ガイドへの「はい、分かりました」とか「ここを行かせる気か!」というリアクションの類だ。
これは誰しもやってしまう運転中あるあるの一つかもしれないが、ナカムラさんはこれが特に多く、最初は「そうですよね〜」などと適当に反応していた俺も回数を重ねるに従い、面倒さから徐々に無反応を決め込むようになっていた。

思い出すのは高速道路を走行中のことだ。
「左からの合流車両があります」という音声ガイドに向かってナカムラさんは決まって「こねえじゃねえか!」と言っていた。
インターチェンジやサービスエリアのたびに、音声ガイドは「左からの合流車両が・・・」と伝えてくるのだが、その都度ナカムラさんは車線を一つ変え、合流車に備えるものの、合流車が来ないとみるや、「うそつき」だの「ばかやろう」だのとしきりに音声ガイドに罵声を浴びせていたのが印象的だった。

真意を確認する前に俺が会社を辞めてしまったのでこれは全くの憶測だが、「車こないじゃん、ねえ」って俺に確認してきたあたり、ナカムラさんは恐らくハイパー・カーナビ・システムの管制塔が、遥か上空から合流してくる車1台1台を隈なく監視しながら「今来てるよ!避けてナカムラさん!」って音声ガイドを使ってピンポイントで伝えているものだと勘違いしていたのではないだろうか。
ナカムラさんは「カーナビ」と言わず、ひとり「GPS」と言っていたのでその可能性は高い。(ナカムラさんの前では俺もそれに合わせて「GPS」と呼んでいた)

ナカムラさんがカーナビに語りかけていたのは、ひょっとしたら今遥か上空から自分を見ているハイパー・カーナビ・システムの管制塔に向けての交信の一環だったのかもしれない。
絶対にそれは無いと思うけど、夢があるから俺はそう思いたい。
| zukkini | 思い出 | 08:26 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
発射物の名前
毎年夏に実家へ帰ったときは海辺で花火をするようにしている。
最近では大人の余裕で3000円〜5000円もする花火セットを買うようになり、これは国連が査察に来ても言い訳はできない火薬の量だ。

花火には一つ不満がある。手にとってみても、それがどういうタイプの花火なのかという説明があまり詳しくついていないということだ。
名前こそ一丁前に「ペガサス」とか「銀河」とか一応それっぽい名前は付いているが、これは実に無意味だ。一瞬で消えゆく花火にそんな大そうな名前など必要なかろうし(我ながら詩的だ!)、花火の名前なんてさっきの「ペガサス」みたいに変に気取ってて、結局その花火の特徴を表すものでは決してないわけだ。
だから花火の名前はもっと分かりやすいものにしてほしい。「フキアゲン」とか「レンパーツ」など安直な名前でも良いじゃないか。「ナイシトール」の小林製薬を見習って欲しい。

それが吹き上げ花火なのか打ち上げ花火なのか、一目見てその程度の情報が得られるものなら別に説明や分かりやすい名前なんて必要ないかもしれない。
外観からはどういう花火なのか全く分からぬ曖昧なルックスのものが登場したときは困ってしまうし、そういうものが多い。
恐る恐る火をつけてサッと離れ、とりあえず耳を押さえたのに大きな音もせず、「オヤ」とひと間置いて近づこうとすると「しゃぁーーー・・・・・」とすごく弱弱しく、ゆっくり吹き上がったりすると身構えていた我々が非常にまぬけだ。

また、仮に吹き上げ花火か打ち上げ花火かが分かったとしても、点火後の吹き上がり・打ちあがり予想図などがついていないとこれまた困る。
最後の締めとして取っておいた、いかにも破壊力がありそうな、最も外観が巨大でマッチョな花火をいざつけてみると、予想に反してこれが実に艶やかでなんといういかこう「ムーディー」な感じだった場合とてもがっかりするのである。
(逆もしかり、恋人とのデートのシメにムーディーさを求めて買った花火がど根性系の連発花火だと「今晩どうですか、こんな風に」みたいで興ざめである。)

火をつけてみなければ分からない、というのが楽しい人には何ら問題ないんだろうが俺はそういう人じゃないからそうはいかない。

まだ春先に花火の話をなんて季節はずれかもしれないが、北朝鮮の人工衛星関連のニュースを観ていて言わずには居られなかった俺である。
| zukkini | 雑記 | 23:15 | comments(2) | - | pookmark |
野良犬との思い出
今野良犬を見かけることは少ないが(特に東京では皆無だろう)、子供の頃その辺に野良犬が沢山歩いていた。
野良犬の好きなところは、「タロウ」とか「シロ」など、即席で考えたどんな名前で呼んでもとりあえず尻尾を振りながら寄って来る気さくなところである。プライドは無いのだろうかと思ったこともあったが、名前が無いだけなのである。
かつて拾って飼っていた犬の名前を、確かそういうノリで突然別の名前に変えた結果、犬がグレたことがあった。


小学生の頃だったと思うが、家に迷い込んできた弱った小型犬を飼うことになった。
犬にはその日のうちに「ノラ」という名前が付けられた。野良犬だったからという安直な理由で、すんなり決まったように記憶している。
年齢不詳だが、うちにきたときには既にある程度育っていて、妙に人に慣れているところを見る限り、どこかで飼われていた可能性もあったように思う。

犬を飼い始めて1年ほどしたときのこと、突如我々兄弟の中から「名前を変えよう」という大胆な提案が出されることになった。確か、「飼ってるのに『ノラ』は無いんじゃないか」という割とまともな意見からであったように思う。プロなのに安馬(あま)と同じ理屈である。
名前は即決で「カム」になった。「よく噛みついてくるから。」という軽はずみな理由で、これまたすんなり決まったように記憶している。
だがこれを採用したのは兄弟だけで、両親は「途中で名前を変えて良いはずがない」と言い、結果、家族内でノラ派とカム派に別れる事態になる。

「カムのものがたり」なる絵本を描いた。この犬が拾われてきてから我が家の一員となり、そして仲良く暮らす現在までを描いた物語である。
そこには幾つかのウソがあり、一つが最初からカムと呼ばれていたという記述であり、もう一つが我が家の皆に物凄くなついている、という記述である。
この捏造本を用いれば、竹島だって「カム」にすることが出来る。そんな本である。

元々さほどなついていなかったのだが、なぜだろう、「カム」と呼び始めた辺りから、犬は急激にグレはじめ、我が家からの脱走を図るようになっていた。
もちろん改名と素行不良の因果関係をハッキリと結びつけることは出来ないが、それぞれが時期を同じくしていたため、俺は結構影響していると思っている。
冒頭書いたように、元々どこかで飼い犬として生きていた過去もあったかも知れず、ようやくノラという新しい名前に慣れたところでいきなりカム、カムと呼ばれ始めたので、色々と思うところがあり、自分探しに出かけた可能性もあるのではないか。

脱走だけに留まらず、散歩中に襲い掛かってくることも多くなった。「お名前通り噛んでやらあ」という自己主張だったのだろうか。
散歩も欠かさずしていたし、毛の手入れやらシャンプーやら、犬の世話としてはきちんと行っていたはずなのだが、思うに、あの犬は飼われていること自体にストレスが溜まっていたのかもしれない。
飼い始めて2年もしなかったと思うが「逃げる、吠える、噛む」の走攻守三拍子が揃って来ちゃったところで、もう日本球界では手に負えんと、とうとう「自然へ返そう」ということになった。
(ちなみに、このとき俺は「解決するには名前を『トム』など、洋風にするかしないのでは・・・」などと一人でトンチンカンな解決法を練っている最中であった)

家がド田舎だったので「自然」っていうとまさにボクんチのことを指すのでとても困惑したが、親曰く「福岡に放す」という。「自然」「福岡」、今思うと大雑把な計画だった。
あの当時、福岡というと物凄い都会をイメージしてしまい、大都会様にウチの犬なんかが放されてよろしいんでしょうかなんていう変な低姿勢を見せてしまったのを覚えているが、今思えばあの犬は保健所に連れて行かれたのかもしれない。

その後、「アイツ、福岡からうちに帰ってくるのではないか」という変な期待と不安でしばらく過ごしていたがそれも無く、あの犬は二度と目の前に現れなかった。
ひょっとしたらまたどこかで拾われて、新しい名前を貰っているのかもしれない。
もしそうだとしたら、「トム」などの洋風の名前にしてもらえるといいね、とあの時俺はそう願ったのであった。

*****

野良犬を拾って飼う。野良犬が街に居なくなった今ではもはや起こりうる話ではなくなったかもしれないが、昔はよく家や学校に野良犬が侵入してくることが多かった。野良犬は近い存在だったように記憶している。
あの当時、野良犬は街で遭遇するちょっとしたモンスターであり、乗り越えるべき壁のようなものだった。ウロウロしている大きな野良犬の横をドキドキしながら通ったり、ある時には追いかけられたり、噛み付かれたり・・・・
30歳になった今、例え飼い犬であっても、前から犬が歩いてくると「恐くないぜ」みたいな変な強がった表情をしてしまうことがあり、きっと子供の頃の野良犬体験が影響してんだろうなあと思う次第である。


| zukkini | 思い出 | 18:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
流川と俺
「バスケットやってるんですかー?!」
「あ、はい。」
「ポジションとかってどこなんですかあー?」
「ええと、SFWとかFWあたりなんですけど・・・分からないですよね」
「うーん・・・スラムダンクで言うとだれですかあー?」
「え・・・っと・・・」
「あ、湘北高校だと誰ですかあー?」
「うーん、る、流川すかね・・・!?」
「ふーん・・」

「ふーん」と言いながら、女が頭の中で俺と流川を比較していることぐらい容易に想像出来た。
ポジション以外では、趣味が寝ることぐらいしか共通点がない俺と流川。「どあほう」といってやりたかった。
| zukkini | 日記 | 13:16 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |







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