ぼくののうみそ-・x・

・x・ぼくののうみそはてなブログへ移動します

JUGEMで10年以上続けてきたこのブログですが、本日からはてなブログに移動して続けていこうと思います。

移動した理由は特にないんですが、強いて言えば気分転換のようなものです。10年以上続けているのに何の成果も出していなければ、取り立てて有名なブログでも何でもないという奇跡の様な地味ブログですが、一応長いこと継続して読んで頂いている人もいて、そのことは励みになっておりまして、本来ならば勝手に移動でもなんでもしてシレッと続ければいいところをこうしてご丁寧に、そんなキトクな皆様に向けて移動の報告などする次第です。

 

記事の通しナンバーがこの記事の前までで921になるのですが、出来れば1000になったところでキリよくやめようと思ったところが、どんなに頑張ってもあと79記事もこのままダラダラ書く気力ねえなと思ったので一旦JUGEMでのブログ活動は終了にして、新しいブログに移動することにしました。

今までの記事を振り返るにはボリュームがハンパないので今回は割愛しますが、いつかきちんと振り返って供養してみたいと思います。

皆様引き続き・x・ぼくののうみそをよろしくお願いします。

新しいブログはこちらです。→・x・ぼくののうみそ

| fabricio zukkini | - | 17:34 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
能年玲奈を見ると昔家にやってきたものの食べ方が決まらず痛んで捨てられた国産松茸を思い出す

能年玲奈の現状を見ると、我が家に大歓声の中迎え入れられたものの、どう料理するか悩みぬいた挙句持て余し、結局痛んで捨てられたたったある1本の松茸のことを思い出さざるを得ない。

 

子供頃、よく知らないけど大人が贅沢の象徴として持てはやすものだから子供ながらに「なんか凄い」とだけ認識しているものがいくつかあったが、今思い出す限りではステーキ、ハワイ、なぜかティラミス、それと今回の「マツタケ」がそれに該当していた。

親が国産の松茸をなぜか1本だけ貰ってきたとき、そんな俺を含む一家全員のテンションが爆上げになったのだから、家族の皆も概ね俺と同じような認識レベルだったのかもしれない。

 

松茸は美味い、松茸は凄い、松茸は最強、松茸さんには失礼の無いように、、、我が家には松茸はまだ早かったのか、家の中で次第に松茸の存在感は増すばかり。やんごとない松茸様だから、下手な料理で無駄にしたくはない、慎重に考えようと大事に保管された松茸。1本の松茸に翻弄される田舎の貧乏家族のせつなさである。

 

いつしかこの松茸の処遇に対する決定権を譲り合うように見て見ぬ振りされたのか、段々松茸はその存在を忘れ去られようとしていた。今思うとたった1本という微妙な量が問題だったのかもしれない。大体松茸たった1本で一体何が出来るのだろうか。

 

結局食べ方が決まらないまま、ある日松茸は傷んで食べられなくなって母親に捨てられた。

松茸が捨てられたとき、家族の間に妙な安堵感が広がっていた。

| fabricio zukkini | 思い出 | 17:50 | comments(3) | trackbacks(0) | pookmark |
優香、俺が下の名前で気安く呼べる数少ない女
優香は俺が下の名前で気安く呼べる数少ない女である。
思えば俺は女の名前を下の名前で気安く呼んだ経験が殆どなく、従姉妹の名前すら時々躊躇するほどで、最近亡くなったがゾウのはな子だって「ゾウの」をつけないと正直ちゃんと呼べるか怪しいほどである。

会社の若手の飲み会やちょっとしたスポーツサークルなどには男のセンパイから可愛がられる後輩キャラの権化の様なオンナが必ずいるのだが、「おいおい、お前ら無理するなよ」とこちらが心配したくなるようなどんなネクラBOYですらも、そのオンナを「○○子!」などと下の名前で気安く呼び捨てにしている設定の甘〜いシチュエーションにおいても・・・、俺は、この俺だけは「○○さん。」と苗字で呼んじゃったりなどして、そんなフレンドリーなムードをぶち壊すような妙に小学校のクラス染みたお堅い呼び名でもって白けさせてしまうのである。

その点優香はいい。俺は正直よく知らないがやさしいとかスタイルが良いとか肌がきれいとか、なんかきっと優香の良いところは色々あるのだろうけど、優香には苗字がないのが一番いい。
優香を「優香。」と呼ぶとき、俺は自由である。
優香、結婚おめでとう。これからも、苗字のない女でいて欲しい。
| fabricio zukkini | 雑記 | 23:02 | comments(3) | trackbacks(0) | pookmark |
ベトコンラーメン
会社の後輩に連れて行かれるまで、ベトコンラーメンのことはまったく知らなかった。
愛知県のいわゆるご当地ラーメンと言うと台湾ラーメンのことだろうと思っていたのだがこのベトコンラーメンも、岐阜・愛知を中心に割りとメジャーなラーメンであるそうだ。


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ベトコンラーメンの発祥やそのネーミングについてはwikipediaに詳細を譲るが、簡単に言うとベトナム戦争のときのベトコンに感銘を受けて名づけたらしいのだが、色々ヤバかろうということで今はそれを否定している。


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その代わりに「食べるとベストコンディションになる」という歯切れの悪い代替案が設けられており、これは食べるとベストコンディションになるということなのだが、その実ニンニクが大量に入っており受け手側がベストコンディションでないと食べられないという部分もあるのではないかと思う次第。


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俺が行ったのは刈谷のお店で、金曜日だからか皆が当然のように付近の自動車部品メーカーのサラリーマンと思しき人々もシメのラーメンにベトコンラーメンを頼んでいる。厨房ではあらかじめ大量にすりおろされたニンニクがドバッと入れられたものの、外観自体はきわめてシンプルなラーメン。
きっとオリジナルはもっとベトナムに寄せた部分があったのだろうが、ここのお店に関していえば、これのどこにベトコン、南ベトナム解放戦線をイメージさせる要素があるのか不思議に思いつつ、現在の「ベストコンディション」の方がしっくりくるのではないかと首をかしげながら食べた。




ペンタブが直ったので「ハナ金川柳」なるものを書いてみた。
次に書くかどうかは分からない。

その週はとても疲れていて家に帰ったら、酔ったままに録画していた映画を見ながらそのままリビングで寝た。酒の力が8割だと思う。
最近妻は酔って帰ってきてリビングで寝ても起こさずにそのまま放置していくようになった。俺が絶対に起きないのも理由だが、寝室に酒臭いのを入れたくない意向もあるのだろう。そんなときは夜中に子供が泣くので正しいと思う。
特にその晩はニンニクも入っていたので絶望的である。

そんなわけでその晩はリビングで寝た。朝起きたら顔はムクんで腰は痛く息は臭い。ユーウツだ。
男34歳、もはや彼のコンディションを決めるものは食べ物というひとつの要素ではどうする事もできないのである。
| fabricio zukkini | 食べ物 | 10:17 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
痔の手術歴アリと
今年の健康診断も昨年と同じ病院でやったのだが、受付の若い女性が出してきた俺の個人データみたいな紙には前回回答したのであろう既往歴が書かれておりそこには思いっきり「痔の手術あり」と書かれていてひどく狼狽した。
俺は痔の手術などしたことがない。

確か昨年この窓口のやり取りで、事前に提出する既往歴に軽い気持ちで「痔」チェックしたのを思い出したが、手術したとまでは言っていない。
痔になったのもちょっくらお尻が痛くなった程度で、にも関わらずそれをわざわざチェックしてしまったのは、履歴書の内容が寂しいと妙に心細い就職活動のときの反動なのかもしれず、まるで取得した資格を自慢するかのように俺はこんなにたくさん既往歴もってるぞと、些細な病歴も漏らさずチェックしたからに他ならなかった。
確か昨年この既往歴の項目に妙に関心を示す受付の若い嬢に矢鱈と事細かに尋ねられ、その際に「痔は治療済みですか?」と割と大きな声で尋ねられてとても興奮した次第だが、その時には確かに治りましたとは言ったものの、手術しましたとは一言も言っていないのであって、あの嬢は痔は手術でしか治らないと言う思い込みもあったのか俺のペーパーには無残にも痔の手術完了!と記載された様である。

そのような背景は良いとして、差し当たりこの痔の手術を否定し履歴から削除してもらわねばならないのだが、狼狽に任せて「おやぁ、ぼくは痔の手術なんてしてませんよ!」と上ずったおおきな声になってしまったものだから、先方も、また待合室にいる人々もギョッとして、しばらくの後クスクスという実に恥ずかしい類の笑いの気配を感じることになってしまった。

俺の突然の申し出に受付の女性は半笑いで謝りながら、すかさず重ねての「痔は治りましたか」という質問をボクにぶつけてきたのだが、「ええ、自然に治りました…」と消え入る様な声で答えると、二重線で「痔の手術あり」は消された。
手術より自然に治りましたの方がなんか格好悪い。

痔の手術なんてそんなに珍しくないのだから、大人しくしたことにしておけばよかった。
世の中、痔の手術もしたことがないのにしたことになっていた人の方が余計珍しいのだから。
| fabricio zukkini | 日記 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
衝撃!ベンジョンソン・ドーピング事件
ベン・ジョンソンが100mの世界新記録、しかも夢の9秒7台をソウルオリンピック決勝という大舞台で叩き出して金メダルを獲得したときの騒ぎっぷりはすごく、9秒79という記録がどういうものかもわからぬまま、当時6歳、子供ながらにその騒ぎに乗せられて「ベン・ジョンソンすごい!」と興奮していたのを覚えている。
ベン・ジョンソンという名前もよかったと思う。ファーストネームとかそういうのよく分からなかった大半のキッズは「ベンジョンソン」が彼の名前だと思って「ベンジョンソン、ベンジョンソン」と、ベンジョという親しみやすい響きそのままに繋げて呼んでいた記憶がある。(俺は今でもその感覚だ)
同じソウルオリンピックではアメリカの女性陸上選手、ジョイナーも金メダルを取っており、瞬間的に当時足の速い男はベンジョンソン、女はジョイナーと安直なニックネームが付けられていた様に思う。

しかしながらそうしたベンジョンソンブームも一瞬で終了。「ドーピング」という意味不明な用語により、ベンジョンソンから突然の金メダル剥奪、9秒79の夢の大記録も幻となってしまった。
この時の親の説明がザックリ「リポビタンDの様なものをレース前に飲んだ」という類のものだったため、「何がいけないのか」「うちの親もドーピングをしている」というミスアンダースタンドに繋がったものと考えているのだが、とにかくあの時の喪失感というか、「えっ」という狐につままれたような感じは今でも忘れられず、「ズルをした」と言うその内容が例えば「卑劣!ベンジョンソン、審判の目を盗みちょっと早めにスタートしていた!」とか「極悪!!ベンジョンソン、隣の人にひじうち!」などの子供にも分かりやすいものであれば俺も「それはいかん!ベン、追放!」となったのであろうが、「悲報!ベンジョンソン、筋肉増強剤を使用!なお、どうやらそれはリポビタンのようなものらしい。」と言ういまいちピンと来ない理由では田舎のバカの子らには「ハテ・・・?リポDぐらいでお気の毒に」となり、あのかりそめの熱狂に踊らされた事実を消化しきれなかった訳である。

記録のすごさとベンジョンソンの名前。増強された筋肉による強烈な外見と圧倒的なスピード。
その後に出てきた色んなランナーは、トレーニングによる正しいやり方でベンジョンソンの記録に肉薄し、ある者はついにあの記録にたどり着き、追い抜いてきたのだが、あの時のベンジョンソンの衝撃には到底かなわない為か、どれもイマイチピンと来ないのが正直なところだ。
逆に物凄く盛り上がっていたところに、突然ドーピングというもので水をさされて白けてしまった反動からか、100m送で色んな記録が出るたびに「飲んでんちゃうのォ?アレェ?アレをサア!オォー?」というドーピング疑いおじさんになってしまい、素直な心で陸上競技を見られない悲しいカラダになっちゃったのである。

このロスト・ベンジョンソン体験は完全に俺だけのものなのか、もしくはあの当時キッズだったみんななら同じように感じ、育ってきた悲しいトラウマなのか、もし同じ想いを抱いていた人がいれば、ベンジョンソン事件の悲しみを分かち合いたいものである。
 
| fabricio zukkini | 思い出 | 06:53 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
人生初の1塁塁審をした時の話
先般業界団体の交流を兼ねたソフトボール大会に参加してきた。
さすが同業同士の試合とあって野次や応援の声は業界用語が飛び交う仕事の延長感甚だしいビジネスソフトボールであったのだが、その内容はさておき俺が最も心を奪われたのが1塁の塁審を務めたときのことだ。

わずか1試合だけ、人生初めての1塁の塁審をやったのだが、アレはとてつもない楽しさだった。

「アウトーーー!」

大して声を張り上げる場面でなくても、試合を見守る両チームが俺の判定に一喜一憂するのだと思うと興奮して声も大きくなるというもの。
それに34歳、久しぶりに何ら不審に思われることなく堂々と野外で大声を出せるのだからたまらない。

「セーーーーフ!!!」

際どい判定で大げさなジェスチャー込みで「セーフ」などと叫んでみなさい、何か俺がすげえことでも言ったように攻め側のベンチが大盛り上がり。そこで得られるカタルシスはものすごく、「何だこれは・・・、もっと際どい判定をしたい!」という判定欲は高まるばかり。
チラリとみただけのプロ野球でおぼろげに覚えているプロ審判のムーブなどを真似て「オラア!」と腕を動かせば、それに応じてため息と感性が呼応する・・・、何て素敵な1塁塁審。

ただ、1塁塁審のつらい所は段々飽きてくるところで、次第に「アウトーー!」などと必死に叫ぶのも青臭い様に感じられ、そもそもサムアップして腕を高らかに上げておればアウトであることは周知されるのだから声のほうは「アウッ」などと短く言ってもよい訳だし、その様な気持ちで段々慣れてくるとさも長年1塁塁審をしているベテランであるかのような振る舞いにもなるというもの、最後には明らかにアウトの様なプレイでは1塁など一瞥かもしくはノールックで「アッ。」とだけ言ったりする横着振りも散見されるようになったところで「君、疲れただろう、オジサンとかわろう」などと腹の出たいかにも1塁塁審然としたオッサンに言われて《オイオイ 笑、1塁塁審に疲れたもあるかい》とは思いつつも、お役御免となった次第。

そうして迎えたその日の晩。風呂から上がった辺りから、明らかにわき腹の辺りに鈍痛がするようになり、今までに全く感じたことのない場所の、初めての類の痛みに狼狽しつつも、「これは1塁塁審により人生で始めて使った筋肉の痛み・・・?」と言う結論に至るまでそう時間は掛からず、アウト、セーフのあのようなシンプルな挙動にもご立派に専門の筋肉があるのだなあと思い、感心した次第。
そう思うとプロ野球の審判の太っちょはああ見えて特定の筋肉だけは一丁前に発達しているのだろうかと、彼らの上半身に思いをはせ何事も追求すればどこかマニアックな筋肉が発達するのだなあと思った風呂上り、夜のしじまであった。
| fabricio zukkini | 日記 | 11:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
息子が俺の似顔絵を
すっかり絵が上達した息子3歳が、俺の顔をチラチラ見ながら必死に何かを描いているので俺の似顔絵でも書いているのであろうと思い、ここぞとばかりにサービスの変顔などをしてそれに応じていた父親であったが、ピタリと筆が止まったところでそれを止め「どれ、みせてみよ」と確認してみたところ、そこにはなぜか1から12までの数字が書いてあっただけでとてもガッカリした。
それを妙に得意げに見せてきた息子であるが、俺の久しぶりの変顔を返してほしい。
| fabricio zukkini | 日記 | 22:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
息子にケツの拭き方を教えた
子供用のお尻拭きと便座用のクイックルワイパーを間違え「いたいいたい」と泣く息子に「甘えるな」言いながらゴシゴシやったヒドい父親であるが、最近とうとう3歳の息子がトイレのあとに自分でケツを拭くようになってうれしい限り。
息子にケツの拭き方を教えたあの日。こんな日が来るとはと思い、なかなか感慨深い一日であった。


便所で「おーい」と呼ぶ息子。妻に「そろそろケツの拭き方を教えてあげて」と言われたので「入るぞ」と便所に入ると、息子はクソを終え黙って座っていた。ケツの拭き方を知らない息子はこうしてケツを拭かれるのを黙って待つのである。
だがそれも今日までだ。俺が父親として今日はお前にケツの拭き方を教えたる。

「ウンチが出る穴を紙で拭きなさい」という実にストレートで不親切なアドバイスで息子にケツの拭き方を教えたのだが、他に言いようがなく、これでもかなり考えた上での発言なのである。
息子は言われたとおり黙ってウンチが出る穴を紙で拭いて、小声で(出来た)と俺のほうを見る。

「ちゃんと拭けたかどうかわかる?ウンチが出る穴はどんな感じ?」と聞いても「もうきれいになった」などと到底信用できない返答が来たので、「ウンチが出る穴がちゃんとふけていない時は、おしりが何か気持ち悪いはず」と内心《手っ取り早く肛門って言いたい》と思いながらも感情論交え懇切丁寧に説明したのだが、息子は小声で(出来た)と言うばかりなので、何でそのときだけ小声なのかは置いといて、拭けたか拭けていないか判定は「ケツを拭いた紙を見ろ!」とストレートに教えた。
こうして人に教えて改めて冷静に考えると、結局人は自分のケツがきちんと拭けたかどうかはどんなに文明が発達しても目視するしかないのである。情けないがそれが事実。

思えば俺は誰からケツの拭き方を習ったのだろう。
習ったときの記憶はもはや無いが、最初に習ったら最後、それを手直ししてくれる人はおらず、それがその人のスタンダードになるのだ。俺は息子にただしいケツの拭き方を教えられたのだろうか。そもそも正しいケツの拭き方って何だ。
ここから先習うことよりも人に何かを教えていくことのほうが増えるのだとしたら、それはとても難しいことだ。

息子は小声で(出来たよ)と言って嬉しそうに去っていった。
| fabricio zukkini | 日記 | 00:15 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
築地市場に響く爆発音の謎
度々書いている通り俺は築地市場青果部門の卸に就職したものの早起きが辛くて2年でやめた根性ナシなのだが、そんな僅か2年間であっても思い出は強烈で、「男の戦場」と呼ばれ、早朝からハイテンションな男たちがワーキャー叫んでいるとても活気のあったあの場所を振り返るととても楽しく、今では市場に就職したこと(すぐにやめた事も込みで!)は本当にいい判断だったと思っている。

市場のセリのときにセリ人が言ってる意味不明の言葉は符丁(ふちょう)というのだが、あれも人によって発声が全く異なり、聞きなれていないとすぐには理解できないのが実際のところだ。
例えば魚市場と青果市場は符丁が少し異なり、もっというと青果でも野菜、果物では説明が難しいが「ノリ」が微妙に違ってくる。
さらにセリをする人それぞれでまたクセがありクセの強い人の符丁もはや理解不能な感じなのだが、結局あるセリには大体同じ人しか来ないので長年の慣れでみんな「覚えて」いくのが実際のところである。

符丁のみならず、セリであがって行く値段の上げ幅もセリの種類によって全く異なる。
結局数字をあらわす符丁は1〜99まで表現するに過ぎないので、例えば1,000円も10万円も同じ「1」か「10」を示す符丁で表されてしまう。相場感のわからない人がフラっと日ごろいかない商品のセリに混ざったとしても幾らなのか分からない事もあると聞いた。

以前すしざんまいが1億円オーバーのマグロをセリ落としたニュースを見ながら感じたのは、ケタが1億まで上がるには絶対に符丁じゃなくて口でどこかで一旦セリが中断するなどして「1億?」みたいな口頭の確認のやり取りが行われたんだろうなということだ。あそこまで異常に高騰した場合、示された「1」ないしは「10」の意味が符丁だけだと全く分からないからだ。

もしくはセリが始まった時点で「1億ジャイ!」とでも言ったのかもしれないが、とにかく基本的には1〜99までしか表現できないので、ケタを上げていくには手っ取り早く「億!!」と言ったのではないかと推測している。
長々と書いたが、結局説明したかったのはセリの符丁にはローカルルールやタイムリーな相場などの要素があり、スタイルも人それぞれという要素も加わり、必ずしも誰しもが聞けばすぐ分かるというものではない、ということだ。

スタイルといえば、築地にいたあるセリ人のスタイルがとても気になっていた。
遠くで眺めていたこの人はセリ中の動きが非常に面白く、リズムを取るようにピョコピョコと絶え間なく体を上下に動かしながらセリをすることと、セリ落とされたときの感情の高ぶりを表現したのか時々「ドッカーーーン!」って謎の爆発音みたいなことをいうので、よく観光客、とりわけ外国人観光客が大爆笑しながら写真や動画を撮っていたのだが、人が真面目に仕事をしているのに何事か!と言いつつも俺も初めて見たときは「感情の大爆発!」などとめちゃくちゃ笑っていたので、Youtubeなどで「Funny Japanese〜」みたいなタイトルで公開されているのではないかと「tsukiji」「seri」「explosion」など検索して、ワクワクしながら探したが残念ながらネットに乗せて全世界に爆発音を届けるあの人を見つけられずに舌打ちしたものである。

で、件の「ドッカーーーン!」なのだが、その後聞いたらこれはなんと爆発音などではなく、数字の「11.5」を表す符丁「ドウグハン」だと知ってしまった。ドウグ(11)、ハン(0.5)で11.5。115円にも11,500円にもなるのは先ほどの説明どおりだ。
まあよく考えると当たり前の話だが、ドッカーンって言っていたのはただ単にセリ落とした金額である「1150円!」と言っているだけだったので妙にガッカリ・・・。まあ今思えば、セリをしながら爆発音を叫んでいると思った俺の神経を疑わねばなるまい。

だけど、全然別の人で明らかに「パキューン!」って言ってる人が居てこればかりはどの符丁にも当てはまらず、マジでパキューン!っていう発砲音を口で言っていたのではないかと思う。「お前が、買えッ(パキューン!)」みたいな。
ネタだと思った人は築地青果部門の関東近在野菜コーナーに是非行ってみてほしい。早起きが辛くて辞めてなければパキューンの人がきっと居るはずである。
早朝から繰り広げられる爆発音に発砲音、これが「男の戦場」と呼ばれる所以なのだろうか。また久しぶりに行ってみたくなった。
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| fabricio zukkini | 思い出 | 08:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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