ぼくののうみそ-・x・

隣にはスナックがあった
学生時代に住んでいた高円寺駅前の風呂なし1Kアパートの隣にはスナックがあった。
壁が薄くて隣の声は丸聞こえ。奇跡的にカラオケの無いスナックで聞こえてくるのは笑い声の類で済んだのがせめてもの救いだ。

若い客はあまり居なかったようで、聞こえてくるのが中年の話し声とくれば隣の声を気にすることも無かった。
便所も隣同士のため、酔っ払い特有の長く切れの悪い尿の音が聞こえてくるのにイラッとしたが、寂しい一人暮らし、慣れればちょっとした生活音として看過できる程度であったように思う。


その日俺は便座に腰掛け、便の訪れを黙って待っている最中であった。
野菜不足からか便秘がちな大学生の俺は、無理にきばっては「ぷー」と出る屁に≪ぼくでした(笑)≫などと嘲笑われるの繰り返し。
しばし同じ作業を繰り返したのち、若干のイラつきもあってか、力任せに気張ってみると妙に迫力のあるオナラが3発「プーーー、プッ・・・プン」とカムアウト。
この3段跳び然としたコンビネーションの美しさというか、在りし日の着メロを彷彿とさせる3和音のサウンドグッドさにはにわかに心も寛大になり、また単純にその熟成された屁の臭さの妙な達成感に酔いしれたこともあって、今日はこの難便kunのことは忘れて2日に1回の銭湯のブクブクでもって肛門を刺激してもはやどうにかなってしまおうと、そう考えてしまったわけである。

そんな折、完全ににこやかな表情で念のためケツを空拭きしようとした俺の耳に、隣の便所から「キャハッ・・・ハーーー!」という我慢しきれずに漏れ出たようなかすれた笑い声が聞こえてきた。
「しまった」と思ってももう遅く、笑い声の主はそのままバタンと便所を出ると、スナックのテーブルに戻っていくところ。
畜生聞かれたと思い、声の主の動きに合わせて壁に耳を当てその人物動きをべったり追っていると、何を喋ったかおよそ推測はつくが、スナック中から「キャーハハ」という笑い声が。

壁から耳を離しても聞こえる笑い声である。壁から耳をゆっくり離し、それが止むのを正座して黙って耐え忍ぶ地方出身・20歳の背中には「夢」という文字が浮かんでいたとかいなかったとか。

しばしの間俺の屁の話題で盛り上がったと思しき中年の集いはそこそこ遅くまで続き、笑い声が聞こえてくるたびに「俺の屁の話かな?」などと心配になる小心者には、その晩の2日ぶりの銭湯の中でブクブクだけが優しかったのだそうな。

一体何の話だコレは。


おわり
| fabricio zukkini | 高円寺 | 22:00 | comments(6) | trackbacks(0) | pookmark |
高円寺グルメ情報最新号『ふるさと』
俺が参加している情報サイト「ハイエナズクラブ」ではすでに紹介済みですけども、高円寺トップクラスの奇店「ふるさと」に関して改めて紹介したいと思う。
(ハイエナズクラブ記事はこちら

ハイエナズクラブでの特集後どういうわけか突如として高円寺の某フリーペーパーに取上げられたこのお店。読んでみたが、表現がマイルドすぎてあまりに当たり障りの無さ過ぎる内容には少し物足りなさを感じたのが正直なところである。
店の前にサビた7kgの鉄アレイが2個置いてあるとか、無造作に置かれた文庫本にはしおり代わりに彫刻刃が刺してあるなどそもそも店内を支配するカオシックな有様について、紹介し損ねている内容を挙げるとキリがない。

「気さくなおばちゃんがやってる温かいお店」

まあ、黙って入って黙って帰っても何も言わないぐらい気さくなので、確かにそれはそうかもしれないが、その表面だけの文言通りにこの店を捉えて近寄ろうとする皆さまには「それだけじゃない!」と注意を喚起する意味で、何度も通いつめた俺がリアルなふるさとを紹介するに至ったのである。


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4月、酔った勢いで初めてこの店に入って以降、既に10回近くこの店に足を運んでいる。
15人規模のふるさとパーティの成功に始まり、その後も行く度に新しい客を連れて行くことから徐々に信頼を勝ち取る事に成功し、最近では勝手に店に入って勝手にテレビを観ながら、持ち込んだ酒と弁当を一人ほうばっては気づかれないうちに帰る始末。最近ではノラネコもこうはいかないという。

料金だって凄い。「今日は500円でいいすか」などと値決めでも徐々に主導権を勝ち取り、最近一人で行くともっぱらタダである。
あまりのくつろぎ様に「実家」と呼ばれるようになり、今ではふるさとへ行く事を「帰省」と呼ぶようになりつつある。





ふるさとは食べ物、飲み物持ち込み自由である。
一応、瓶ビールは500円、いいちこが2,500円だが、お年を召したおばちゃんの手を煩わせ無いようにするためにも持ち込んだほうが正解である。
俺も幾つかお酒をボトルキープしており、基本的にはこれを飲むようにしているのだが、よく考えるとこれって全部自分で買ったものジャン。
当然酒を作るのも自分だし、つまりこれは、ただこの場所を借りて飲み食いしているだけである。
当然それであっても1,000円のセット料金は必ず払わねばならず、これはもうショバ代と考えて、自分で買った食べ物と飲み物をさらにお金を払って味わう不思議な世界を楽しむしかない。





セット料金を払うとおばちゃんがおつまみをくれることがある。(くれないときもある)
大概おつまみというと、たまたまその辺りにあったレーズンパンやトースト、バナナ、トマトなど、「目に付いたもの」であるが、時々手の込んだ料理が出てくるときもあるので、運試しもかねて行くと良いだろう。
以下、ふるさとのおつまみコレクションを見てもらいたい。





「バナナ&トマト(ノードレッシング風)」

わが国において、バナナとトマトをノードレッシングで合わせる取り組みはまだまだ進んでいない。





「トースト」

おつまみにおけるトースト出現率は高い。
味は無い。





「ジャージャー麺」

ラッキーアイテムと呼ばれている なかなかの美味。
なぜか虫が寄って来る。





「ソーセージ、卵&謎の山菜」

エマートン、レイク&パーマー。
何が出てくるか、とにかくそこらにある食材次第である。
ケチャップを使いすぎると不機嫌になるので注意。





「ハンバーグ」

いきなりこういうオーバースペック気味の料理も現れる。
失礼な話だが、妙に警戒してしまう。


おつまみといえば、以前手土産として俺がおばちゃんにあげたお菓子が、別の日に「こんなもんししかないけど・・・」と軽くdisられながら俺用おつまみとして出てきたことがあり、自分で買ったお菓子に再びお金を払うこの二重苦にはいささか狼狽しつつも、「いいお菓子だね!」と自分でベタ褒めすることで心を落ち着かせた次第である。





こんな立派な食事を食べさせてくれることも。
ちなみに右端に見える「ひよ子のピィナンシィ」は俺が持ってきたものだ。





下手に残していくと、次に来た人のセットメニューに含まれて出てくるので絶対に食べきり、ノー・ペイフォワード、飲みきりでお願いします!
(写真は以前数人で行ったときに誰かが残したコーラが、別の日に俺が行ったときに出てきたときのもの)


おつまみはこのように様々出てくるのだが、おばちゃんももう70歳オーバーなので色々と要求するのは酷。
最初に書いたとおり、極力自分で持ってきて自分でやるのが正しい楽しみ方ではなかろうか。

最近、めがねを掛けていくだけで、おばちゃんは俺だとまったく気づかずに、延々と俺の話をする事が判明した。
「この前あなたのお友達の方がねえ」などという話が始まったので、前に連れて行った誰かが一人で行ったのかなあと思ってフンフンと聞いていたところ、途中で「あ、これ俺のことだ」と気づき、かといって「おばちゃーん、ソレ、俺ですよ(にっこり)」とか言いながらめがねを外すのもマヌケなので、「そうですかー」と相槌をうち、「アイツから教えてもらったんですよぉ」「あー、アイツもそんなに来てるんですね」など、思いがけず自分をアイツ呼ばわりして、友達になりすますという貴重な体験をしたのである。
「アイツ、すげー、いいやつなんスよぉ」と片言で言った瞬間の心のざわめきを、俺は今でも忘れる事が出来ない。

このふるさと、隣には娘さんがやっている「萩(はぎ)」というスナックもあり、こちらは至って普通のカラオケスナック。毎日繁盛している。
まずはここから初めて徐々にふるさとに移行していくのも良いかもしれない。





萩とふるさとは行き来する事が出来るのだが、通路はドラクエの隠し通路並み。
トイレもこのダンジョンの先にあるので行くときは薬草を沢山もって行こう。


いかがだっただろうか。高円寺にはまだまだ我々の想像を超えた魅力的なお店が数多く存在するのである。
以前紹介したキッチン・アドリアの店主とここのおばちゃんは知り合いらしく、この二つのパワースポットが一本の道で繋がっている奇跡。
(まだご紹介できませんが、その中間点にもうひとつ強烈なメガ・パワースポットが存在します)

高円寺の定食屋を紹介するこのコーナーも、高円寺4天王に始まり、アドリア神、次いで今回の聖地「ふるさと」と、かなりディープな所をご紹介出来たように思う。
恐らくもうこれ以上のお店は無いと思うが・・・・!もしまだ何か情報があれば是非連絡して欲しいものである。

※もし行かれる方、この時期のふるさとは虫が多いので気をつけてください。



| fabricio zukkini | 高円寺 | 12:43 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
僕ら、光に集まる虫のように
今はもう無くなってしまったのだが、高円寺に「山おやじ」という居酒屋があった。
この店に最初に入ったきっかけ、また度々通うようになった経緯など全く記憶にないのだが、気づいたら月に1回は何となく一人でフラっと入るような店になっていた。

山おやじのウリはその安さだ。どんなに飲んでも2,000円を超えたことがなかった。
安く、長く居るにはもってこいのお店で、結果としてそこはビンボー学生やバンドマンの巣窟となり、客単価が安い割に回転率の悪いという典型的な儲からない系の居酒屋だったように思う。

夜も11時ぐらいになると実質一人できりもりしているヒゲ面の店主も飲み始め、2時を過ぎたころに結構出来上がっているのを度々目撃している。
店主が酔っ払っているときに会計が妙に安いときがあり、多分途中から伝票に飲み代がちゃんとチェックされていないのだろうということを悟ると、俺は「夜中に来よう」と、そう閃(ひらめ)くに至ったのである。

あるとき、深夜コンビニで弁当を買おうとしていると、酒の買出しにきたと思しき山おやじの店主と遭遇したことがあった。普段はさほど口数の多くない店主だが、そこそこアルコールが入っているらしく、その日はいつもより饒舌に絡んでくる。

「飲みに来いよ」

そういうわけで誘われるがまま山おやじに行くと、その数時間後、朝方に店主の酔いはピークに達したらしく「今日はもう終わり」と言って残っていた数人は店を追い出された。
というわけでその晩、俺は1円も金を払っておらず、いいのかしらとオドオドしつつ、心の中で「やはり夜中に来よう」と固く決心していたのであった。

金が無いが酒が飲みたくてどうしようもないとき、夜中の2時ごろまで家でぼんやり過ごしたのち、「そろそろ店主の酔いも回っただろうか」と立ち上がり、トボトボ歩いて山おやじに向かった。クズの所業であるが、この手を使い、俺は2回か3回か、タダ同然で酒を嗜んだ。
全く所持金がないとき、二匹目のドジョウを狙って、以前遭遇したのと同じコンビニに同じ時間に向かい、酔った店主の登場を1時間ほど待ち伏せしたこともあった。
1時間待っても店主は来ず「じゃあいいわ」と俺は道にツバを吐いて帰ったが、あの時は泣きたくなるほど金が無かったのである。

ある日の夜中、ダメ人間の街・高円寺には、それを体現すべくついに所持金0円で山おやじに突撃せんとする俺の姿があった。
結論から言うとその日も全くの無傷で無事自宅へ生還したわけだが、考えれば考えるほど、こういう輩のせいで山おやじというお店は潰れてしまったのではないかと思い、心がいたんでならない。

山おやじの店主は元気だろうか。お礼がいいたい。
| fabricio zukkini | 高円寺 | 22:37 | comments(5) | trackbacks(0) | pookmark |
高円寺グルメ情報 リターンズ
「高円寺 グルメ」で検索するとこのブログがヒットする仕組みをイスラエルから輸入して早5年、狙い通りいまだに高円寺で美味いものを食おうとするヤカラからのアクセスが後を絶たない。
このブログで四天王として紹介した「団らん」「味楽」「たぶち」「大陸」であるが、最近とにかく飲食店の入れ替わりの激しい激戦区・高円寺においてその後も絶好調。嬉しい限りである。
特に名物の「パプル定食」と共にごり押しした団らんの最近の知名度の高さは恐ろしいもので、ついに団らんのマスターに「ネットで騒いでいるやつがいる」と伝わったり、先日高円寺に行った際には男女3人グループが団らんの前で写真を撮っているのを発見したほどだ。




※パプルファンの一人としてはこの画像で作ったTシャツを着て団らんに行くのが夢である。空前のパプルブームを感じる今、パプルT、要望があれば緊急製作としたい。


このように、高円寺四天王の魅力については十分伝わっていることと信じているし、「行ってきました」という声を聞く限りでは幾らかは恩返しが出来たのではないかと勝手に解釈している。
だが高円寺にはまだまだ凄いお店が沢山存在し、それを俺はきちんと紹介しきれていない。当ブログ読者であるイシイ君と高円寺ブロガー、フェロモンさんなどとの高円寺定食情報交換会において、最近それを強く感じる次第だ。

例えばイシイ君イチオシの「やよひ」だって凄い。




団らんのすぐ目の前にある「やよひ」の特徴はその営業時間だ。





朝5時オープンで、昼前には閉まってしまうのである。
朝5時まで開いているのではなく、朝5時から酒が飲みたい人を狙っているという狂気(ダークサイドオブザムーン)。
しかもイシイ君の情報だとお通しは朝から「カレーかナポリタン」が勝手に出てきて、しかも500円も取られるという。「小料理」を標榜している割には随分大柄な料理である。
我々が「それってただの選べない定食屋じゃないの?」と聞くがイシイ君は断固として「いや、飲み屋ですね」と言ってきかない。

先々週の日曜、わざわざ朝5時の電車に乗って「やよひ」にいくためだけに高円寺に3人で集まったのだが、「朝起きれなくて(後日談)」という理由で閉まっていた。いずれいかねばならない店の一つである。近日訪問&報告したい。


他には団らんの斜め前にある食堂「多幸」も怪しい。





ずっと前からあるのだけは知っているが、行く気がせず一切情報がないのが正直なところ。




行く気がしない理由の一つが店の前になぜか陳列されているこのいや〜な雰囲気のする「もらった系人形」コーナーのせいだ。福の来そうな人形が沢山並ぶとえてして場の雰囲気が悪くなる。これは持論である。
食堂と書いてあるからにはきっと定番の定食の類があるのだろうから、こちらも近々行く必要があるだろう。
こんな風にまだまだ高円寺には隠れた名店が沢山。武者震いが止まらない。

いつものように前置きが長くなってしまったが、本題に入りたい。
いきなりハードルを上げるがその価値はある。今日紹介するお店ははっきりいってレベルが違う。そこには四天王とか団らんとか、その遥か上を行く凄まじさがあった。
ゴチャゴチャ言ってもしょうがないし、決死の覚悟で撮影した写真と併せて、今日の主役「定食 アドリア」の記事を読んでもらいたい。


【高円寺「アドリア」潜入レポート】

高円寺ブロガー、フェロモン(以下フェロさん)と俺がアドリアに向かったのはただの偶然。その日パプりに行こうと思っていた「団らん」がたまたまお昼しまっていたからである。
アドリアについてはイシイ君から噂で聞いたことがあったし、俺も数年前に見かけて以来気にはなっていた店である。





ガード下に並ぶ飲み屋街の一角に、まさかココに?って感じでいきなり現れるのがアドリア。




看板が無ければちょっと気づかないかもしれない。




キッチンアドリア、定食アドリア。とにかくここはアドリアなのである。





店の中に入ると座敷席に机が2つ、カウンターが6席ぐらい。
すでに埋っている。





ただ、カウンターの一部がノートとか筆記用具が置いてある受験勉強コーナーみたいになっているので実質4席と考えてもらいたい。

入店時間は12時だったが、カウンターは既に出来上がった常連の方々で埋っており、フェロさんと俺が案内されたのが座敷席。
雑然とした店内に対し、常連さんは皆落ち着いた感じで楽しげだ。





信じられないと思うが我々は扇風機が乗った席に案内された。しかも首フリ状態。邪魔でしょうがなかったが涼しかった。
この席、なぜか奥に大量の荷物が置いてある為、テーブル席ではあるが俺とフェロさんは横並びで座らざるを得ず、これは実質カウンター席なのである。


アドリアの営業時間は朝6時から18時である。(内13時〜15時は休憩)高円寺にまた一つ、朝から飲める店を発見した。
瓶ビールを飲み始めていると、「11時から飲んでいる」という常連のヒラマツさんという凄く陽気なおじさんが我々に話しかけてくれたので色々聞いてみた。

「他にはどこに飲みに行ってるんですか?」と聞くと「やよひだよ〜」と、さすが朝飲み探検隊のお方、東のアドリア、西のやよひときちんと使い分けをしてらっしゃる。
さらに「俺の名前をだしゃあ、やよいのババアはよく知ってるよ!」というヒラマツさん。「ヒラマツさんに付けといて」と言えばやよひの500円お通しだって怖くない。

次に「朝飲める店は他には無いですか」というサイテーな質問に対し他の常連さんが口をそろえて推すのが「大公」だ。環七沿いにある朝7時からやってるラーメン屋らしいのだが、聞けば「お好み焼きがうめえ」だの「オムレツ作ってくれるよ」だの、10分ほど黙って待ってみたが誰もラーメンの話をしない。一体どういうことだろうか。なにやら物騒である。
そこに再びヒラマツさん、「ナカムラさんってのがいるから、俺の名前をだしゃあ何かおごってくれるよ!」とのことで、時代は「『アド街見た』で10%OFF」ではなく、「『ヒラマツ知ってる』でタダ」方向に着実に向かっているのである。
それにしても「大公」・・・・また一つ、行かねばならない店が出来てしまった。


アドリアに話を戻そう。
料理は500円(魚は400円)。コロッケ、アジフライ、焼肉、野菜炒めなどなど。
まあ何でも良かったが、俺は焼肉定食、フェロさんはアジフライを注文。

「アイヨー!」と返事をするマスターだが、何か様子が変だ。注文を受けたマスターはキッチンへ向かわず、突如一人で店を出て行くではないか。
しばしボケーっと待っていると手伝いをしていると思しき女性の方が「ちょっと今東急に買いに行っているから少し待っててね」という。「ゆっくり飲むお店だから」という言葉に、まあそうだなと瓶ビールを追加でもう一本。

詳しく聞けば、なんでも、冷蔵庫には材料を入れておらず、注文のたびにこうして東急スーパーに材料を買いに行くのだという。なんとまあ、マイペースな。
ヒラマツさんが「この店の冷蔵庫は東急だよ、ぐえっへっへ」と笑うが、実際そのぐらいの近さだしひょっとしたら余ることも無いし、その方がいいのかもしれない。

しばらく店の中で常連さんたちの話を黙って聞きながら瓶ビールを飲む。
ヒラマツさんは「ここの天ぷらおいしーよ」を連呼しながら、唐突に「俺血圧200あるんだ」とさもロールプレイグゲームのHPかのように自慢してくる。大丈夫かヒラマツさん・・・・

10分ほど経ち、マスターがビニール袋を片手に店に戻ってきた。
材料を買ってきたのだろうと思っていた我々であったが、フェロさんはそのビニール袋の中にとんでもないものを発見してしまう。

「サトウのご飯、入ってたで・・・」





出てきたのがこれである。いや、とても美味かった。味付けはウスターソースを手渡された俺が完成させたが、美味かった。
なお、信じられないと思うが、俺のご飯には「サトウのご飯」特有の、あのサトウのご飯をよくほぐさなかったときに出来るカドのカーブの部分がそのまま残っていた。
(あと、味噌汁のワカメが10cm×10cmの巨大サイズで、完全にノーカット一枚岩だった)





そしてフェロは・・・フェロモンは見たのだという。知らねば良いことを、知ってしまったのだという!

「アジフライもビニール袋に入ってたぜよ」

そうなのである。アドリアの凄さとは、注文が入ってから東急で材料を買いに行くとかそういう生ぬるいものではなく、「東急で買ったものを食わせてくれる」お店なのである。競馬でいう、ウィンズみたいなものなのである。
ってことは、「ここの天ぷらおいしーよ」と言っていたヒラマツさん・・って。
まさか東急の惣菜担当者も知らないだろう。自分の作った料理がよそでメニューになっているなどとは。
これが高円寺最強の定食屋アドリアの秘密である。


だがこれよく考えてほしい。むしろよくぞ500円で出来るものだとは思わないだろうか。サトウのごはんや惣菜を定食として出すと逆に高くなるのではないか。しかもわざわざ買いに行く手間。
そう考えると、本来お酒メインでやっていくほうが楽な中、お腹が減った常連さんのためにわざわざ無理して定食として出しているのではないかと、そういうマスターの優しさを感じずにはいられず、またこうして一見サンでいきなり定食を頼んだことにも嫌な顔せず出してくれたマスターにはひょっとしたら感謝をしなければならないのかもしれない。
ていうか、そう考えないとやってらんない。





俺は終始、スペースの関係からこのようにちょっと縁側に雑談しにきた近所のオッサンみたいな体勢で焼肉定食を食べていたのだが、この姿通り、まだまだこの店の一部を知ったに過ぎない半人前以下。
東急で買った惣菜を食べる店、アドリア。今後も通いたい店としてアドリアは我々の中に深く刻まれたのであった。


四天王の時代到来で一旦は完成とした高円寺グルメ情報だが、こうして未知の名店の存在を知った以上、今後新たに、貪欲に追加していく予定である。乞うご期待!
(情報あれば教えてください)


※なお、文中に出てくる個人名は特定を避けるため一部を改変しております
| fabricio zukkini | 高円寺 | 00:06 | comments(6) | - | pookmark |
7年ぶりに高円寺「団らん」へ行く
高円寺グルメ情報としてこのブログでも紹介したことのある定食屋「団らん」に、一昨日実に7年ぶりとなる再訪を果たしてきた。

仕事帰りふらりと降りた高円寺。
仕事帰り、一人で入った定食屋で飯と一緒に瓶ビール、そういうことに憧れてはいたが直行直帰の多い俺にはなかなかそれが叶わず、なんとここまで未経験。
諸々のタイミングと条件が重なり、その日俺は仕事帰りに高円寺に居た。時間は7時。ならば今日こそ、と学生時代に通った定食屋にそれを委ねるべくウキウキ顔で南口を歩く。

南口で降り、ガード下に沿って阿佐ヶ谷方面へ向かうと、そこは定食激戦区。
安い、多い、味が濃い。この界隈でこの定食三要素を満遍なく満たすのが「団らん」「たぶち」「味楽」。この南口のビッグ3に、北口の雄、「大陸」を加えたものを、俺は高円寺四天王と呼ぶ。

その日の目的地は味楽。四天王の中でもっともリーズナブル、且つもっとも入りやすいことで有名だ。味楽の定休日は火曜。休みではない。
味楽が誇る日替わりランチ。アジフライ、ハムカツ、赤いウィンナー揚げで450円。残念ながらこれがあまり日替わりしない、実質固定のラインナップで有名なのだが、時々無性に味楽のあの赤ウィンナー揚げが食いたくなるときがある。

「4月13日(水)は事情によりお休みとします」

いつもなら日替わりランチのメニューが記入されているはずのホワイトボードに、店の休みを知らせる残念なお知らせが。ここ高円寺では、火曜定休の味楽が水曜休みのときは「旅行に行った」とするのが一般的。味楽の旅行は滅多に無いイベント。残念ながら年に数回あるか無いかの不運に当たってしまったと諦めざるを得ない。

「ならば『たぶち』へ行くか」と、判断としてはこうなる。味楽の次に入りやすいのが、たぶちだからだ。
たぶちへ行くなら日替わり定食と決めてある。隣に店を構える団らんをスルーし、味楽から歩いて1分。たぶちのホワイトボードには「チンジャオロース丼」と書かれていた。560円。

≪チンジャオロース丼か・・・・≫

店内をのぞき見ると微妙な混み具合。全席四人がけテーブルのたぶち名物「ご相席」は避けられない。
だが俺は店の混み具合よりチンジャオロース丼が気になっていた。たぶちのチンジャオロース丼・・・確かあまり美味しくなかった気がするし、何より学生のとき、チンジャオロース丼を一人で食べる俺の横で、たぶちの中国人嫁があろうことか赤ちゃんのオムツを変えはじめた事件があったのを思い出した。あれは確かにチンジャオロース丼だったし、オムツの中はウンコだった。
そうして俺が、この「たぶち」へいかなくなった理由がその事件にあったことを思い出し、今日のように店の前まで来たところで、ウンコとご相席してしまったあの忌まわしい過去を思い出すにつけ、店の前まで行っては引き返していたかつての姿を思い出したのであった。そう、あれ以来俺はたぶちに来ていなかったのである!

ならば大陸か団らんだ。入りやすいのは完全に大陸なのだが、今もう歩いて30秒ほどにある団らんを、高円寺で最も敷居の高い団らんを・・・!そんな団らんを今日のこの日に、まさに目の前にしてしまえば、もはやこれを避けるわけには行かず、俺は勢いをつけるように「パプル定食だ」と呟き、カウンター8席だけ、しかも泥酔した常連だらけのこのカオスの巣窟に突撃することにしたのである。

「一歩進んだあなたに一歩進んだ食事を」

団らんの看板はそう語る。
大学卒業以来団らんには入っていない。もう7年近くになる。留年中、極度の極貧生活に陥った際には団らんに行くことすら出来ず、実際にはそれ以上ご無沙汰かもしれない。
あの時は「古着」の名前に甘えたボロ布をまとっていた俺が、今日はピシッとスーツで決めて団らんにカムバックである。妙に照れくさい気持ちと、もはや学生では、高円寺の住人ではないのだと思うと、一歩進むことをためらったが、一番の原因は、店外からうかがい知れる団らん内部の常連の完成度の高さにあった。
完成度、つまり出来上がっちゃってる度合いなのだが、ええいままよで店に突撃したとき、常連二人が激論を交わしていたのは「日本を大統領制にせよ!」という三歩進んだ話題。お二方は俺が店に居る間、ときには東電に罵声を浴びせ続けたり、高円寺名物「酔ってアメリカ批判」にたどり着くなど大忙し。

席に着くと妙に緊張する。久しぶりに見たマスターは大分老けており、口癖の「つかれた」も妙に説得力がある。
注文したのは団らん名物、パプル定食だ。気づいたら450円から500円に値段アップしているが気にしない。
ここ高円寺にも値上げの波は押し寄せ、大陸が名物400円カツ丼、330円ラーメンを「新生カツ丼」「新生ラーメン」と称し、それぞれ450円、400円に値上げした際にはネット上でちょっとした話題になったものだ。仕方ないのだ。

この団らんの「パプル」の意味こそ高円寺最大の謎であり、パプル定食とは何ぞやとgoogleで検索すると自分のブログがトップに現れるので諦めた。2回意味を聞いたが「肉を炒めて醤油とからしで食べる」ということ以外教えてくれない。最近では高円寺のTeenの間で「パプる」というHotな動詞になっているとか。
色んなブログが書いている通り、「マズいけどいいかい?」と作る張本人から尋ねられるのも魅力。口では「Yes」と答え、あとは出来るだけ美味くなりますように、と心の中で祈るしかない。





そんな魅惑のパプル定食を今回初めて撮影するのに成功した。ご覧の通り肉を焼いただけ。醤油という説明だったがポン酢のような味がした。懐かしい味。「戦後から継ぎ足された秘伝の味噌汁」と謳われる、加熱されすぎてズタボロとなった豆腐(内戦地帯の銃弾だらけの壁そっくり)を擁するプレミア味噌汁に、標準装備のご飯山盛りがさっそうと登場したのでここは減らしてもらい、かねての計画通り瓶ビールを注文すると、団らんのマスターが問うてくる。

「お兄ちゃん、昔来てたよね」

なんと、団らんのマスターが俺を覚えていた。軽い感動を覚え「覚えてますか?!すぐ裏のボロ屋に住んでいたモンです、あのときは・・・・」なぞ、にわかに興奮気味に語りだすと、やや困惑したマスターが、「いや、パプルなんて頼むヤツは大体昔食ってたやつだからサ・・」と、半ば他の常連に説明するように俺の言葉を制して言う。
すかさず隣の常連が「それ、うめーのかい」と聞いてくるのだが、正直美味くはない。焼いた肉を醤油につけるだけ。俺はただパプルって言いたいだけだ。そう、言いたいだけなのだ。
それまで大統領制について語り合っていた常連二人も突然パプルに食いつき始め、「うまかねえだろ、焼いただけだもんよ」なぞいい始めると皆がパプルを食べる俺を凝視する。
確かにそんなに美味くは無いが、別に言わなくても良いのではないか。俺はそう強く思うのである。

そのうち別の客が俺に絡み始め、「ニイちゃん、ケータイで地震予知機能ってのがあるのかい」と聞いてくるので「はい、揺れるちょっと前にお知らせしてきますね」と答えれば、「ふ、フザケンジャねえってんだよな!」とよく分からない感情の暴発を目の当たりにし、一歩進みすぎた人類の未知の感情表現にただただ感激。一体何が気に食わなかったのだろうか。
この辺のJazzを彷彿とさせる即興のスリリングな掛け合い、現代アートを思わせるアヴァンギャルドな語りべも団らんの魅力。

こうして実に7年ぶりの団らん再訪を果たしたわけだが、居たメンバーは相変わらず当時とほとんど同じ、マスターはややお年をめされたようだったがそれでもまだまだ健康そうだった。
見た感じ団らんはまだまだ今後もアノ場所で続いていきそうである。安心した。
また来ますと一言。俺が帰る頃、日本の大統領制化を語り合っていたはずの二人が「なぜか最近猫が寄って来る」っていう割とどうでも良い話をしていて大変和ませられたが、こんなのいつものこと。俺には7年ぶりだが、これは団らんの、いつものシーンなのだ。
| fabricio zukkini | 高円寺 | 01:53 | comments(4) | - | pookmark |
目薬の中に
学生のときの話。
カラオケ屋でバイトしていたとき、バイトの皆で店長が眠気覚ましに使っていた目薬に、ひそかにジントニックを混入させたことがある。
なぜそんなひどいことを・・・、とお思いだろうが一応我々なりの理由があった。細かくは言わないが労働環境、待遇への不満、そして何より彼の息が死ぬほどクサかったことがこの若き労働者の暴動発生の原因だ。

夕方から翌朝まで働いていた店長は、決まって12時頃になると「休憩」と称してバックヤードのテーブルの上で器用に寝た。
犯行はそのとき行われた。
コップに入れた業務用ジントニック原液の中に目薬をケースごとイン。スポイトのような原理で幾つかの泡が出て行った後にジントニックが目薬に無事潜入。恍惚とした表情でそれを眺め、皆はつぶやく。
「これでジ・エンドだ」

休憩から戻ってきた店長。普段クサい息も寝起きは倍増し。
「おっす」というその息は猫のしょんべん並にクサく、そこにいた誰もが息を止め、決して返事しようとしない。いつものことだ。
そして休憩後の習慣が例の目薬さしに他ならず、皆の密かな注目の中、いつもの置き場にあるブツを大事そうに手に取ると何も知らずにそいつをポタリ。

《ジ・エンドだ・・・》

白々しく黙りこくるバイト連中の傍らで店長は「うおお・・」とわなないたあと、無言で目を「くわっ」と見開き、「効ックー!」と言わんばかりにキメッキメのすごく充実した表情になったかと思うと、その後急におとなしくなり奥の小部屋にふらふらと消えていった。それは死期を悟った猫が人前から姿を消すような寂しい足取り・・・・

《やばい、やりすぎたか・・・》という皆の不安は、一瞬だけ。
にこやかな笑顔と共に奥からカムバックし、「なんか元気が出てきた。」と語る店長(40歳)の元気な姿でそれが杞憂と分かった。

《元気が出ただと・・?!》

ジントニックで足を洗った俺だが、その後長い期間かけてモスコミュール、焼酎、日本酒が地道に追加されていったと聞いた。色味のついてしまうカシスオレンジを入れる挑戦者も居たという。「革命の赤だ!」って、ばれるだろ普通。
「熱燗にするか」とか、「ソルティドッグを入れて、注ぎ口に塩をぬろう」とか、「カットレモンを入れよう!」いう過激な意見もあり、もはやそれはただのドリンクメニューだ。

減らない目薬にも全く気づかない店長。恐らく最後のほうはただの酒だったと思う。
目薬と信じ、毎日酒を目にぶち込んでいた店長。本当に酷い話だ。

一年前にたまたま高円寺であったら凄く元気そうで、「おー、相変わらずだな」という息は相変わらず死んだイカ並みの臭さで、畜生あのときファブリーズ入れとけばよかったと、後悔した。
| fabricio zukkini | 高円寺 | 14:28 | comments(9) | - | pookmark |
あやしい通行人
高円寺は狭い。
面積以上に高円寺は狭い。

学生時代を過ごした高円寺では、なぜかいつも同じ人を、同じ場所で見るということが多かった。
その多くは、何の仕事をやっているの分からないような、ぶらぶらしているおじさん。どのおじさんも決まって平日の昼間から、いつも大体同じ裏通りやひと気の無い小道を一人で歩いていた。
そりゃあ勿論、向こうにしてみてもしょっちゅう会う俺を見れば「またアイツだよ」なんだろうけど、俺は当時大学生。
サボりのライセンス取得者であり、変な話が「何もせずにぶらぶらする」という真っ当な理由があったのだ。平日からぶらぶらという点については、行動はすごく似ていたが、俺は観察する側で居たつもり。そこは許して頂きたい。

「またあの人ここ歩いてるよ」と思っていたおじさんは3人。
「あいつも最近怪しいな」と思っていた準レギュラーのおじさんがさらに2、3人居ただろうか。彼らは狭い高円寺の決まった道ばたで会うちょっとした顔見知り。多分俺が会ってないだけで他にも色々居た可能性もある。

印象深い人の中に、毎回俺が見る度、「細い道を自転車で走行中、そこに前方から来た自動車を避けようと道の端を走ろうとするも、結局スレスレを通過する自動車によって降車することを余儀なくされ、焦ってオタオタと自転車から降りているおじさん」というのが居た。
みなさん信じられないだろうが、このおじさんを目撃するときはほんともう、毎回この複雑なシチュエーション。それは中央線高架下の全く同じ道。文字にすると随分長いが、実際は一瞬だ。
俺が目撃するときは毎回自転車を降りようとしている場面で、終いには「今日も避けきれなかったか」とすっかり慣れきっていたほど。
つまり俺はそのおじさんがその道を自転車に乗って走行している姿をほとんど見たことがない。
一体なんの偶然か。

うろうろしているおじさんの中には上のような不思議な例もあるが、彼は稀な例。実はほとんどがただ目的も無くうろうろしているだけで(それでも十分とも言えるが)大して変ではない。
彼らの背中からは微かに目的地を持っているような意思も感じ取れたが、朝、昼、夜、あらゆる時間に対応するその自由なぶらぶらの仕方を見る限りでは、おそらく何も目的が無いのだと思う。
毎回大体同じ場所で大体同じ方向に向かって歩いている彼らを見るうち、彼らには何か動きの元となる中心物だか操作元があって、さも衛星が惑星の周りを回るがごとく、ロボットがシーケンスに従うがごとく、自分の意志とは無関係に何かの周りを延々ぐるぐるしているのでは、と思ったほどだ。

衛星やロボットのように何か動きの元となるものがあるのでは、なんて最初は冗談で思っていたが、「もしや本当に・・」と俺に思わせた一人のおじさんがいた。

それはうろうろしているおじさんの中でも最も俺の家に近い場所をうろつくおじさんで、近いと言うよりほぼ俺の家の前を毎回同じ格好で歩いて通り過ぎて居た人物である。当然ながら最も目撃回数は多く、「いつも同じところを歩いている」という奇行を「恐らく」という形の推測ではなく、はっきりとこの目で定期的に観測することに成功した例である。

引っ越して随分立つうちにこのおじさんのことはすっかり忘れていた。
最近、昔俺が住んでいた家の真ん前にある洋服屋の人に「いつも同じ格好で同じ場所を歩いてるおじさんが居るんだけど・・・」とまさに彼の話をされたことで、俺の中で再び高円寺ぶらつきおじさん熱が高騰。
いつも同じ人が同じ格好で同じ場所を通過しているというこの怪現象を「気のせい」だろうと思おうとしていたこともあって、5年越しに現れたもう一人の観測者の存在は感動ものだった。
そもそも高円寺に住んでいた当時から、こんな話をしても誰も信じてくれないだろうし、興味も持って頂けないだろうということで一切話したことはなかったが、この度もう一人観測している人物がいたと言うことで俺は勇気づけられ、世間にこの怪現象を知って頂く為にと、こうして記事にすることに決めた。

夏なのに分厚い上着を着て、手荷物を持ちいつも肩からバッグを下げている件のおじさん。毎日同じ服を着ているのとその手荷物の多さから、そのおじさんをはじめはホームレスの男性かと思っていたのだが、いつ見ても伸びていない整えられた髪に剃られたヒゲ、何よりおじさんのにこやかな表情からはそういった方の放つ疲れたオーラが全く感じられなかった。
真実は分からないが、多分おじさんはホームレスとか宿無しとか浮浪者とか、そういう類の方ではないと思っている。なんとなくだ。

だけどおじさんはいつも大体同じ場所で、しかも色んな時間に俺と遭遇している。仕事を持つ人に果たしてこのような自由な行動は可能なのだろうか。
頻繁に目撃したのは俺の住んでいた家の前にある小さな私道。目撃例のおよそ8割以上はここでのものだ。
それ以外ではときどき真昼のスーパーや、駅近くの広い道などでばったり遭遇することもあったがそれはおじさんが道に宿る妖精の類でないということの証明にすぎず、それによってむしろ安心しておじさんを観察できた。

付近住民以外はあまり通過しようとしないこの私道を、おじさんはいつもにこやかな笑顔で通過していた。
「おじさんも付近住民なのだろう」と思うのが自然ななりゆきだが、その辺りに昔から住み、付近住民に家も貸したりしているおばあちゃんは「この辺の住民ではない」とはっきり言う。
そればかりか「あんまりうちの前を通るから、私のことを好きなのかと思っていた」というプラス思考も披露。見習いたい考え方だ。

おじさんが歩いているのを見たのはその小道だけではなかったのだが、目撃場所がその小道からほとんど距離の無い似たような小道ばかりで、多分半径10m以内に限られていた気がする。

24時間暇だった学生時代だったので、おじさんを発見する時間も様々。もっとも、そのような生活を続けていた学生であったからこそ,このおじさんを発見できたのだろう。
早朝、徹夜明けの重いまぶたをこすりながら玄関のドアを開ければそこには小道を通るあのおじさん。
たまには学校に行くか、と久しぶりのやる気でドアを開けてみればそこにはまたあのおじさん。
さあスーパーの総菜半額タイムだとドアを開けたらスーパーの袋を片手に私道を通過してゆくあのおじさんの背中。
量ったようにいつも同じ道を同じように通過している場面に遭遇する。

歩行者しか通れない小さな十字路を中心に、四方向からいつも同じ格好、同じようなにこやかな表情で歩いてくるこのおじさんのような人物が、高円寺にはあと何人か居るのだと考えている。


・・・いやまてよ、おじさんを発見できた俺がたまたま当時学校にも行かないダメ学生だったというだけで、そしてそのとき住んでいたのがたまたま高円寺だった、というだけならば・・・
これは何も高円寺の一地域に限定された不思議な話なんかではなく、ただ世間が気付いていないだけで、実はこうして何気ない普通の歩行者の役割を演じている人物というのが、世の中にはそれなりの数、居たりするということでは・・!?
みなさん、注意してみてください。さっきすれ違った人、よく考えてみたらいつもそこを歩いていたりしませんか!


いやいや、何を考えているんだ俺は。
高円寺の、特に南のガード下付近にお住まいの方、いつも同じ人が歩いているのを見る、なんて情報があれば是非教えて頂きたい。
特に、オールシーズン、白っぽいジャンバーに白いYシャツを着て、ジーンズを履いている50代の男性には非常に関心があります。
もしくはご本人さん、連絡ください。


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| fabricio zukkini | 高円寺 | 14:55 | comments(4) | - | pookmark |
牛丼太郎
高円寺の定食屋についてはすでに四回に分けて大々的に取り上げている。
おかげさまでどの回も大変好評で、いまだに高円寺方面からの「おたくのブログのスポンサーに・・」というメールが後を絶たない。
いえ、結構ですとこの場を借りてお伝えしたい。


当たり前だが、学生時代のほとんどをそれら四つの定食屋で済ませていたわけではない。
いくら日替わりランチがあるとはいえ、飽きるのは間違いない。味楽の揚げ物だけで一週間すごしたことが何度かあったが、アレは最低の思い出だ。
それに、いくら安いとはいえ、500円、安くても400円を毎回支払っていれば、本当に資金難のときには生活に優しくはない。
俺とて火を操り、道具を使う二足歩行のヒト目ヒト科ヒト属ヒトデナシであるので、緊急事態には台所に立ち自炊もしたし、夜の11時、狂乱のタイムサービスを迎えたスーパーの総菜コーナーでこん棒片手に貧乏人同士の激しい食料バトルを演じたこともあった。
一度あんかけ白身フライでジジイと揉めたことがあったが、アレは最低の思い出だ。

このように、大概の場合、定食屋とたまにやる自炊、そしてスーパーの使い回しで一週間やりくりするのが基本だったのだが、俺にはその中に割って入る一つの飛び道具があった。
食えればそれでいい、とにかく何かぶち込みたい、出来ればタダで・・・!誰しもそんな緊急事態が必ずある。
そのときに決まって足が向いたのが今回紹介したい、「食い逃げ」である。
じゃなくて「牛丼太郎」である。
説明は割愛しますけどまあどちらも似たようなもんです。

緊急事態と先ほど書いたが、大学生活もクライマックスを迎える頃、いつしか毎日がそうなりつつあり気付けば牛丼太郎へ通う頻度は俄然高まっていた。
噂では某カルト宗教の残党が関与しているという話もあったが、その当時の俺にはそんなの関係なく、「100円にしてくれるならマジで信者になる」というぐらい依存していたものである。

主に中央・総武線沿線に店をかまえるこの「牛丼太郎」という牛丼屋チェーン、ひょっとすると知っている人も多いかもしれない。

各店舗で仕様やメニューが微妙に異なるのが牛丼太郎。
俺が通ったのはそんな牛丼太郎の高円寺店。後に牛丼太郎の各店を見たが、この高円寺店の凄さは際立っていた。
初めて紹介されたとき、『牛丼200円』というハッピネス価格よりも、俺はその狭さに驚いたものだ。
2、3坪の敷地に調理場とカウンター。最近ならみどりの窓口でももっと広い。
そんなところに座るスペースなどあるはずもなく、客は僅かに出来た小道のようなスペースに一列に並び、鶏のように両隣と肩をぶつけ合いながら無心で食べるのだ。これが高円寺。
油断すると間違って隣の輩に自分の牛丼が食われる恐れもあり、常に丼から目が離せない極限のスリルも鶏舎さながら。

I wish I were a bird・・・・鳥になりたい・・・

そんな夢見がちなチャイルドは牛丼太郎で鶏になって現実を見れば良い。
食え、産め、死ね、、、wishだなんて願わなくとも自分がすでに窮屈な鶏の世界にいることを知るのだ。


太郎では日本語が通じないことが多い。
いち早く中国・韓国を中心としたアジアマーケットへの拡大を視野に入れたのだろう。その戦略の一環としてなのか、ある日突然、牛丼太郎は積極的に中国・韓国人店員を受け入れ出したのだ。

「おう」「きん」「かく」

これは将棋ではない。ある夜の店員三名の名札だ。

深夜12時を回るとNO Japanese Plzはより顕著となり、簡単な牛丼用語以外何も通じなくなるという異国情緒溢れる時間帯が来る。そこはさながら、出島。
ここでのジャパンは「フジヤマ」「スシ」「ゲイシャ」などではなく、「タマゴ」「オオモリ」「ミズ」。WOW、ファンタスティック。
深夜3時、店内に客は俺一人。カウンターの前で店員が何やら楽しそうに異国の言葉で話していると「ぼ、ぼくは悪口を言われているんじゃないだろうか・・・」と思ってしまう。
そんな環境で食べる200円の牛丼はすごく、うまい。


太郎のメニューだが、俺が初めて行ったときにあったのは以下の三つ。

牛丼
納豆丼+みそ汁(深夜〜朝まで)
キムチ納豆丼+みそ汁(深夜〜朝まで)

実に頼もしくない。

そんな牛丼太郎も二度値上げしている。
一度目は牛丼・並が、みそ汁を付けるという話で250円に値上がりしたときで、二度目はBSEが本格的に問題になったときだ。
ちなみに一度目の値上げの際はなぜか半年後に元に戻している。俺の眼力が効いたのだと、知人には自慢している。

二度目の値上げ、つまりBSE問題に直面した太郎の対応を、俺は忘れることができない。
あれは2004年の冬。牛がモーモー鳴く、ある寒い夜の出来事だった。

その日の夜もいつものように食うものに困り、年の瀬だと言うのに正月の餅も買えない貧乏な青年・俺は、これまたいつものように「あの店」の前に立っていた。
牛丼太郎である。

「イラシャイマ」というもはや異国人の挨拶に聞える「元・日本の言葉」を右から左へ受け流すと、『牛丼・並』と書かれたチケット・トゥー・ライド(涙の乗車券)をカウンターに立つ「り」さんに渡す。
受け取る「り」さんの手がもの凄く汚いのも含め、いつもの流れだ。
その日、「キョカラ、ブタギュ丼ニなりますケド」という言葉を聞くまでは。

「ブタギュ丼」が「豚牛丼」のことを指しているのだと気付くのにそう時間はかからなかった。目の前にその旨をお知らせする、手書きの張り紙があったからだ。

いつもはあえてキチンと見ないようにしている牛丼太郎の店内。汚いのだ。
よく見るとそこには張り紙の数々。元々異様だけどさらに異様だ。高円寺の格安飲食店では店内のディティールを凝視するのは御法度とされているのだが、その日の俺はそれをも忘れ神経を集中して張り紙を読んだ。

「しばらくの間、牛丼には豚肉をまぜています」

混ぜよったわい・・・
世界初の豚牛丼の誕生である。イスラームとヒンドゥーを同時に否定。ここに完全に太郎のアジア完全制覇の夢は断たれた。
だがそれだけでBSE対策が万全であるとは太郎自身も思っていないらしく、次の張り紙には次なる作戦が。

「納豆丼を24時間販売にします」

そこにはかつて深夜11時〜朝9時までのみ販売だったはずの納豆丼の、「24時間販売」がうたわれていた。工場で発酵させ、太郎でさらに発酵させるという伝説の「しこめ納豆」を24時間販売・・・・?!それはもはやクサッタマメですやん。
僕は発酵は一度の方が好きだなあ↓

納豆丼と豚牛丼の二本立てで行くのかと思いきや、壁に貼られているのは納豆を賛美する情報の数々・・・。どうやらどっちかというと納豆丼で勝負に出るらしい。
納豆の栄養素はもちろんのこと、あちこちになぜか納豆を食べ続けてアメリカの大学に飛び級で進学した奇特な少年の話が逸話としてしつこく載せられている。
そんなもん、そいつが食べてたもん何でもPRできるわ。

そして誰が考えたか会心のキャッチコピーが登場。

『クスリに手を出す前に、是非納豆を』

やったぜ!まったく意味が分からん。

こうしてしばらくの間納豆屋と化した牛丼太郎。俺は奇跡の飛び級を目指し納豆を食い続けたが、結果は飛び級どころか留年。
飛べるおクスリに手を出せば良かったと悔やんだあの日。悲しかった・・・

****

二、三ヶ月前だろうか、高円寺の牛丼太郎が潰れていることを知った。
跡地には不動産屋が。

「不動産太郎か・・?」

残念、そうではなかった。
そこにあったのはまぶしいばかりの横文字店舗。俺の青春が一つ姿を消した。

最近、牛丼太郎・中野店の前を通ったら、「大人気!」とかいってよく分からない「カレー」を猛アピールしている張り紙が貼ってあった。
まったく、太郎には勝てない。

| fabricio zukkini | 高円寺 | 23:07 | comments(2) | - | pookmark |
高円寺グルメ情報4
昨年8月に発表した「高円寺グルメ情報」だが、おかげさまで多方面から好評を得ており、いまだに続編を切望する声が止もうとしない。
最近ともなると、俺がふらりと高円寺に行った日には「うちの汚いテーブルで食ってってよ!」「味楽よりカロリーあるよ!」「団らんと違って、マヨネーズどころかウチは肉からアブないよ!」と逆自己PRが喧しい。
「みんな愛してるよ。」
そう答えることにしている俺であった。

去年の丁度同じ時期、ヤフーカテゴリーにブログを登録したことがあったのだが、その際ヤフーの人から「主に高円寺について書かれたブログ」というキャッチコピーを頂戴する始末。
高円寺の話なんて全体の1割にも満たないのだが、ヤフーの人ときたら、たまたま目に入った記事で大事なキャッチコピー決めちゃうんだからたまらない。予想Guyはオタクの社員だ!とハゲのCEOに言ってやりたかった。
ともあれその日から俺のブログには不本意ながら「高円寺熱烈応援ブログ」としての責務が課されてしまったのだが、その後の記事は皆さんご覧の通り。就職活動だのバスケットだのとチンケでノンケなことを書き散らかし、更新すれば仕事決まらないよう、体痛いよう、とめそめそする日々だ。
こんなナヤマシゲナ記事が並んでいては、まぁヤフーカテゴリーを見てやってきたエンジー達をがっかりさせてしまうこと間違い無し。看板屋が勝手に立てた看板ではあるが、「看板に偽り無し」とするためにはここらで一発、高円寺グルメ情報最新版を載せて彼らを安心させなければならない。ああいそがしいなあ。

今回高円寺グルメ情報を10ヶ月ぶりに執筆するに至った経緯は先ほど腹が立つくらいにねちねち書いたと思うが、実は理由はそれだけではない。
そう、前回「三本の矢」と名付け俺がクローズアップした三つの優良定食屋の他に実はもう一店、俺は取り上げるのを忘れていたのである。
まぁつまり、今回久しぶりにこのシリーズを書くに至ったのはまぁその、その書き忘れの一軒を思い出したからでございます。いうまでもないか。ここまで随分と能書きが長くなってしまったがそれはいつのもこと、小さいことは気にせず、ではさっそく「四天王」最後の一軒を紹介したい。


****

高円寺には北口、南口があるのだが、これを大雑把に解説すると南口には比較的若者の向けの古着屋が多く存在しており、北口には生活雑貨や食料品店が多かった気がする。
これはあくまで南口に住んでいた自分が生活し、利用してきた中で感じたものであり、実際のところ分からないのだが、雰囲気としては北口のほうがやや地元民の生活に密接な店舗が多かったと、そういう風に俺は感じていた。

南口に比べると通りの道幅が狭く、幾つかの商店街が交差し合う北口の駅近い場所には、夕方でなくとも大体いつも歩行者で溢れている。
そしてそんな自転車さえスムーズに通れない混雑した道を目の前にして、それを嫌っているかのようにいつも入り口の扉を固く閉じているのが今日紹介する「中華料理 大陸」(以下 大陸)だ。
黄色い看板にダイナミックなフォントで大きく「大陸」と書かれたその堂々としたたたずまい。何か心の中にやましいことがあるような人はそのダイナミズムに思わず「すいませんでした」と謝ってしまうこと間違い無し。
俺あやまったことないけど。

「大陸」の入り口(我々はそこを「半島」と読んでいる)には、メニューとその値段が大きく書かれている黄色い張り紙。色といい、サイズといい、無秩序に貼りまくられたその張り紙を見ているとキョンシーを思いだす。
だが侮るなかれ、そこには行き交う人々をつい立ち止まらせる衝撃の文字が。

「ラーメン300円」

500円でも200円のお釣りとはこれ如何に。ドアこそ固く閉ざされているものの、その張り紙に書かれているウェルカムな値段を見ればついつい入りたくなると言うもの。
格安・大盛りが常識の高円寺にあっても、ラーメン300円はなかなかのモノだ。「大陸」だけにここだけ物価が違うのかしら。そんな楽しい空想を楽しむも良し、楽しまないも良し。とにかく300円。

驚くのはラーメンだけではない。続いて注目したいのが「サービス定食」のコーナーだ。365日、いつ行っても「サービス」のそのコーナー。そこに掲げられているのは「カツ丼 400円」の文字だ。
俺の感覚では、どんなに安い店でもカツ丼は大体500円以上するのが当たり前。第一回で紹介した「味楽」においてもカツ丼は確か500円か、もしくは550円だった気がする。
カツは高い、カツは尊い、カツはカッコいい!格安定食屋に通う貧乏人にとって「カツ」というのはワンランク上の食材であり、それゆえ「カツ丼を食べる」というのは変化の無い日々の定食生活の中で、時々開催されるちょっとしたイベントのようなものなのだ。それが400円って。

「カツ丼が400円ってことは、この店ではラーメンにたった100円加えるだけでカツ丼になるってことか・・!」
長年定食屋に通っていると、こういうメニュー間の料金足し算引き算をついやってしまうクセがつく。俺だけだろうか。
さらに俺には【ごはんは麺類より価値がある】という考えが染み付いているのでその点からもこのカツ丼は安さは際立って見えた。
ちなみにこの店、餃子がなぜか330円とラーメンより30円も高く、ラーメンと餃子の力関係に詳しい評論家の方でなくともこのあり得ない値段設定には大いに首を傾げることであろう。
※ラーメンと餃子の関係はしばしば地球と月の関係に例えられる。

店に入る前から随分色々考えさせられる店だが、実は序の口。「大陸」はここから先がたまらない。
80’sタモリのグラサンのような薄茶色の自動ドアが開くと、早速目に入るのが昼間っから完全にキメキメになっちゃってる近所の酔っぱらいオッサンの姿。このシリーズではもはやお馴染みのキャスト。標準装備として今更驚くほどでもない。
それより驚くのが一歩店に入ってから浴びせられる歓迎の挨拶。

「もうしわけな〜い!」

その声の主こそ今回の主役である、店のおばちゃん。
何が「もうしわけなかった」のかは後で説明するとして、特筆すべきはそのおばちゃんのルックスだ。
ドリフの爆発コントかと見まごうばかりにハナの辺りまでずれ下がり真っ白にくもった眼鏡、そして美空ひばりが歌ったのはこの人のことだったのか!と感心させられるほど強烈にはね回る「みだれ髪」・・・!
その他文章で表現できない様々な魅力を兼ね備えたこのおばちゃん、底抜けに明るいのに眼鏡がくもっていてその表情が見えない等、実際に見てみないと分からない細かいオプションも必見である。

そんなおばちゃんがビンテージ加工が施された超かっこいい薄汚れたかっぽう着で出迎えてくれるのがこの店の提案するサプライズだ。その「ズタボロ感」は凄まじく、初めておばちゃんをみたとき、どこかでいくさでもしてきたのかと思ったほど。
家族経営だと思われるこの店には、おばちゃんの他におじちゃんとおばあちゃんが他にも居るのだけど、二人ともまぁ平均的な中華料理屋と同じ程度のきちんとした格好をしている。なぜおばちゃん一人がこんなに乱れているのか、300円でラーメンを食べようとしている俺には全く聞く勇気が無かった。

先制攻撃にひるむこと無く着席すると、次に目に飛び込んでくるのが「ラーメン 450円」の張り紙。300円だったはずなのに・・・!?
「あれ?人民元切り上げ?」と的確なジョークで対処出来れば大したものだが、大概は「華橋めに謀られたわ・・・!」と身の危険を察知し脱出を試みるか、「だよね」と300円でラーメンを食べようとした卑しい自分を省みるのが妥当な反応か。
ここで明らかにしておくが、ラーメンは300円で食べられる。(随分行ってないから今の値段は分からないんだけど)ご安心されたし。

そんなこんなで空いた席を見つけ着席しているとさっきのおばちゃんが「もうしわけな〜い!」と言いながら水を持ってくる。「何か悪いことでもしたのだろうか」、初めて来た客は必ずきょとんとする。
実は、入って来たときもそうだが、このおばちゃん、客が何らかのアクションを起こすたびに「もうしわけな〜い!」と、甲高くそしてすごく楽しそうな口調で叫ぶのである。理由は分からないが、新聞を取りに席を立ったとき、トイレに行くとき、会計をするとき、何か店内に変化が起これば常におばちゃんは「もうしわけな〜い!」と笑顔で叫ぶ。

実はこのおばちゃん、ずっと「大陸」のおじいちゃんとおばあちゃんの娘なのかと思っていたのだが、以前総武線に乗って通勤してきている姿を知り合いによってはっきり目撃されていることから最近その可能性が薄いとされている。
そうした中で発生したのが、過去に何か過ちを犯し、ここで罪滅ぼしとしてヴォランティアをしている謎の女性なのでは、という説。
なるほど、この説を用いれば、浮いた人件費による「ラーメン 300円」「カツ丼 400円」の成立、さらには「くたびれたおばちゃんのルックス」、終いには一人うわごとのように「もうしわけない」と謝罪する姿への説明にもなる。
この「おばちゃんヴォランティア説」が今のところ最も有力な説となっているのだが、結構プライバシーに踏み込むことになるため正式な調査は行われていない。よって真相は未だ不明である。

味について言及しよう。正直300円のラーメンは味が大変不安定だ。食えないかも、と諦めかけたことが数回あるのだが、その一方で時々奇跡的にめちゃくちゃく美味しいときがあるから分からない。300円ならいいか、と思える人にはおすすめである。
それに比べると400円のカツ丼は美味しい。付属で付いてくるキュウリ味の謎のスープと大盛りのキュウリのたくあんがすごく塩辛いだけで、カツ丼自体はヴォリューム、味ともに概ね合格点ではなかろうか。
俺はラーメンとカツ丼の他にはチャーハンやニラレバ定食を食べたことがあるのだが、実はチャーハン、ニラレバに関して言えば高円寺の他の格安定食屋の中では比較的値段が高めの、それぞれ550円、650円となっているわけで、「美味い 安い 多い」を全て満たそうとするならば、ここは一つサービスのカツ丼を食べるべきではなかろうかと思う。味も400円ならば十分なもの。「大陸」の400円カツ丼、是非お試しあれ。

***

これで一応俺の高円寺グルメ情報は完結。「美味しい、安い、多い」に加えて「何かある」定食屋を四つ、ピックアップさせていただいた。
何だかんだ言ってこの四つの店+「ぎゅうどん太郎」、「友達のコンビニで賞味期限切れそうになった弁当」を巧みにローテーションさせて飢えを凌いでいたと思う。大変お世話になった。

書いているのは学生当時住んでいた家の近くにある定食屋ということだったので範囲が狭くなっているが、それでも定食屋激戦区の高円寺にあって今回の四つの店はどれも質が高かった。
とはいえ高円寺にはこの他にも俺の知らない素晴らしい定食屋が沢山あるはずで、そこにはそこに通い続けるものにしか味わうことの出来ない特有の空気が存在し、コアな体験談があるのだろう。
高円寺はもちろんのこと、その他の地域にも「ココはすごい」という定食屋をご存知の方がいらっしゃったら是非とも教えて頂きたい。

【過去のグルメ情報はこちら】
高円寺グルメ情報 3
高円寺グルメ情報 2
高円寺グルメ情報 1
| fabricio zukkini | 高円寺 | 14:43 | comments(10) | trackbacks(0) | pookmark |
銭湯の魅力
家に風呂が無かったため、学生時代は銭湯に通っていた。
後に本格的に貧乏になって風呂代がなくなったり、夜のバイトを始めて銭湯の営業時間内に行けなくなるにつれ段々銭湯に行く機会は減ったのだが、それでも大学生活の半分は銭湯のお世話になったと思う。

俺の当時の家賃は4万円。風呂が無かったために駅から徒歩1分という立地の良さでこの家賃だ。だが銭湯一回の入浴料は400円。毎日入れば月に12000円。後に「これは果たして安いのか高いのか」という自問自答の日々が訪れるのだが、初めて観たときはその立地の良さもあって、例え風呂は無くとも一目で気に入った部屋だ。
「銭湯通い」という都会の学生ならではの文化活動に興味があったのも事実。
元々住んでいた学生寮を出るべく、家探しをしていた大学二年の春。
後に住むことになる高円寺には俺より先に友人が住んでいた関係でときどき遊びに行っていたのだが、そのときに洗面器にタオルを入れて歩いているカップルを度々目撃し「これが東京だ」と思ったのが銭湯との出会いだ。

銭湯はとにかく良かった。
それは不規則で怠惰な、荒んだ学生生活の中のひと時の幸せだ。
風呂はプライベートタイムで、一人でリラックスするものだという人には決して心地よいものではないかもしれないが、一般の学生と比べるとかなり孤独な一人暮らしを続けていて、嫌でも一人でリラックスしていた俺にとっては、こうしたちょっとした社交場のような場所に足を運ぶのは良い気分転換になっていたといえる。
もちろん、そういう難しいことを言わなくとも、単純に広い浴槽で体に泡を受けながらボーッとするのは気持ちが良いものだ。

長年通うと顔見知りも出来る。言葉は交わさないが毎日同じ時間帯にやってくるおなじみの顔。
もちろん顔だけではなく、お互いの全裸を知る男と男の関係なので、下手するとちょっとした友人なんかより自分のことを知っているはずだ。

初めて銭湯に行ったときは緊張した。銭湯は常連ばかりが通うちょっとしたコミュニティというイメージがあったのだ。実際にそういう部分はあるかもしれない。
そうしたコミュニティに新参者が飛び込めば当然目立つし、下手なことをすれば冷ややかな扱い、ある場合には何らかの洗礼が待っているのでは、と俺は恐れていたのである。

俺の想像はこうだった。イメージとしては牢屋内で見られる囚人の間のヒエラルヒーだ。
銭湯の角の、風呂椅子が5段ぐらいに重ねられている所には客の間で「将軍」と呼ばれる主がどっかと座っており、腕を組んで一般客を睨んでいる。高いところにいるためか、主は顔の辺りがなぜか暗くなっていて顔は誰も知らないのだが、やることは冷徹。他の常連に無言で指図し、新入りに色々とキツい洗礼や熱いお湯を浴びせる・・・

やはりというか、当たり前だが実際はそういうものではなかった。
俺のときもそうだったのだが、まずニューカマーがやってくると、それに気付いた客はまず顔をジロジロ見て、次に股間をジロジロ見てくる。上の顔、下の顔、この二つの「顔」を覚えてもらって初めて常連になるのだ。
「今日はアイツ、下の顔色が悪いな・・・」
なんのこっちゃ。

こうして銭湯に半年も通えばすっかり常連の仲間入りだ。
夕方近所のスーパーなんかに行けば、銭湯でよく見るおっさんに会ったりすることもしばしば。
なぜか銭湯の外で会っても癖だからか互いに股間を見合うのは当事者の俺にも理解不可能だ。
裸の付き合いとはいえ、結局赤の他人。銭湯以外で遭遇するとお互い気恥ずかしくて離れて行くのが常である。

銭湯に行くと必ずついて回る問題が、ゲイ問題である。
問題とは言うが、ゲイボーイが実際に何かしでかすわけではない。
「銭湯=ゲイ潜伏」という先入観からか、ちょっと疑わしいルックス、動きを見せる者に対して「あいつはそうなのでは・・?」という疑念が生まれ、被疑者の視線が気になったり、被疑者が近付いてくると妙に落ち着かなくなるのである。
性のあり様は様々で俺は別にそういうものに偏見をもたないように努めているのだが、それでもやはり自分がその対象になるのは抵抗がある。
もっぱら、こういうのは先入観や自意識過剰などを原因とした気のせいの場合が多いが、一度明らかに俺の肉体に興味深々のボーイが居た。
「サインやろうか?」といいたくなるほどチラチラ見てくるそのボーイは、俺が湯舟に浸かりに行くと、案の定「ひたひた」とついてきた。ボーイズビーアンビシャスにもほどがあるというものである。

「・・・・」

銭湯ならではの熱い湯の中で、ただひたすらボーイが湯から出てゆくのを待った。
大志を抱いているだけあってなかなか出ないボーイに根負けし、俺は「負けたゼ。じゃあ、この熱湯よりうんとアツいノをひとつたのむゼ。」と仁王立ち。
冗談にしてもさすがに下品すぎたか。
ともかく銭湯には個性派が集まるのだ。

比較的早い時間帯に行くと、背中に最近のファッションとはちょっと趣の違う、どちからというと日本の伝統的なムードを漂わせるt.A.T.uをあしらったパパが、小さなご子息を連れてやってきていた。
俗に言うショッキングパパの登場だ。
近所では有名なのか、明らかに年下なのに仰々しく挨拶をしているオッサンもいたりなんかしたのだが、俺にしてみれば「でも家には風呂は無い」ということでその様が滑稽に見えた。
銭湯は裸の付き合い。その中では皆平等なのだ。

銭湯の中で漫画本を読んでいる輩も居た。
デブでモヒカンという強烈なルックスの彼は、洗面台の上に漫画を置いておき、シャンプーなどの合間に手にとっては読み、また何かするときは戻すという、非常に何かこう、重い心の病を感じさせるスタイルで銭湯を楽しんでいた。
彼が銭湯の中にまで持ち込んできたという、気になるその漫画のタイトルは、忘れもしない「Dr.タイフーン」というちょっとアダルトなゴルフ漫画だ。
ものすごく気になった俺はそれから間もなくして件のDr.タイフーンを読んだのだが、残念ながらそれは全く面白くなく、非常にがっかりしたのを覚えている。
銭湯でまさかの「三国志」を読んでいてくれたら最高だったのだが。

途中から眠気が襲ってきて最後のほう駆け足ではあったが、俺の銭湯ライフ、または銭湯の魅力をお伝えしたつもりだ。
最近都内でも銭湯がどんどん減っているというが、それも無理は無いと思う。
銭湯利用者のすべてがそうだとは言わないが、最も銭湯と密接な関係のあるのが風呂なしの家だと思う。そんな風呂無しの家は今や一部の苦労マニアに対してしか需要がなく、これから新築されることはまず無いだろう。つまり減ってゆく一方なのだ。
いつまで風呂なしの家がこの世に存在し続けるのかは分からないが、時とともにそれは確実に無くなるもので、それとともにやはり確実に銭湯は日本からなくなるのだろうか。
そうだとしたら悲しいものである。

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| fabricio zukkini | 高円寺 | 23:41 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |







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