ぼくののうみそ-・x・

その男、課長につき(後半)
《前回までのあらすじ》

築地で働いていたときにお世話になっていた課長からの突然の電話は、軍団・課長のご一行と行く山梨旅行へのお誘いだった。集合時間なんと平日の18時。たまたま翌日休日だったとはいえ、こちとら17時半が定時である。
まさに築地時間といわざるを得ないかなり早めの出発時間。

だが何かとお世話になった課長からの誘い、何とか仕事を終わらせれば集合場所に間に合わない時間ではない。

「して、集合場所は?」と問う俺に課長は言った。

「ん?山梨だよ

まさかの現地集合。時間通りに行けるはずはなかった・・・・!


2008年8月に前半を書いてから約5年。長い間放置した問題作「その男、課長につき」の待望の後半である。


***


平日、山梨に18時集合。
どこかに集まって皆で行くのではなく、この潔いまでの現地集合具合ときたらどうだ。
俺の動揺を察して、課長は続けた。

「お前、車ないんだったら貸すけどよ。俺のゼットをな。」

《ゼット・・・!》

そう、課長の愛車は「ゼット」――日産のあのフェアレディーゼットだ。

貸したがるくせに乗ると心配で10秒に1度「安全運転しろよ!」と電話してくるいわくつきの「Z」を・・・、いやはやそれはご勘弁をと丁重にお断りすると続けてこう言う。

「じゃあ自力で来いよ、最高の山梨を用意しとくからよ」



≪最高の山梨≫

当時まだ付き合っていた今の奥さんを助手席に乗せ、俺は仕事が終わると大急ぎで立川へ向かい、そこからレンタカーで山梨を目指した。
一体何が待っているのか全く説明されず、ただ「最高の山梨」とだけ言われついてきた彼女はこの先にどんな連中が待つかも知らずに、既に暗くなった中央道を車の窓からボンヤリ眺めていた。

到着は20時。
軍団課長の面々は既に出来上がった状態で、本日貸しきりの保養所ロビーに横になっており、入ってきた我々を見るやトローンとした目で「ウイ!」と声だけ威勢の良い挨拶を投げてくる。最高の山梨のおでましだ。

メンバーは8名ぐらいだっただろうか。若手から幹部クラスまでバランスの取れた軍団構成で万全の状態。行きの車の中で飲み始め、到着後スグ宴会を開催し今に至るのだという。
この酔っ払いに絡まれながら、余った晩飯をイソイソと片付けると間髪入れずに「近くのカラオケにいこう」という提案が待っていた。

なぜこんなに生き急ぐのか。築地の人と夜飲みに行くと展開の早さに時々こう思う事がある。ジ・アンサーイズ、みんな夜は眠いからである。

≪築地マンの夜は早い・・≫

思い出すのは自分が働いていた頃。夜のテレビ番組をほとんど見ることなく夜10時には就寝。頑張って起きても23時には電池が切れたように、「不可抗力!」とばかりにバタリと気絶していた。
今まさに、貴重な週末、貴重な夜更かしチャンスに、眠さの限界を超えて夜遊びに興じようとする男たちとカラオケに行こうとしている・・・・!

「あー眠い」「眠い!」と口々に言いながら歩いて向かったカラオケ屋。
眠いならいかなければ良いのではありませんかと言いたい気持ちをグッとこらえ、フロントで開口一番「おう、はちめい、一番広い部屋を4649」と叫んでみたら「こちらにご記入ください」と冷たく返された課長の背中を眺める最高の山梨。

「ご利用時間は?」と聞かれた軍団の一人、課長の親友の八百屋の専務が怒声で以ってこういった。

「ま、マッキャロー!俺たちが満足するまでだよ!」

本当に怒っていたのかマッキャローって言ったのが印象的だが、カラオケ屋で「終わるときはこっちから電話するから黙って待ってろ」なんていう人を初めて見た次第である。

お望みどおり広い部屋に通されると「室温をマックスまで下げろぅ!」という謎の号令でハイパーカラオケタイムの始まりだ。
とにかくここでも飲酒がメイン、カラオケのヒドさはご想像に任せるが、漫画以外で初めて耳にした「ここは気にせず好きなもんジャンジャン頼めい!」というセリフに感動していたら、案の定好きなモンがカブってしまったらしくポテトフライがジャンジャンやってきて「返品、返品!」などという築地JOKEが飛び出すハートフルな一幕も。

途中から課長がマイクを握り、「えー、皆さまー、今夜はー、えー」なる謎の司会業をスタート。ひとりひとりを紹介して、言葉に詰まると「えー、ではー、カンパーイ」で誤魔化すものだからみんなスゲー飲まされて、途中から全員ベロンベロン、誰も話を聞けなくなった。


カラオケから保養所へ戻ると「ね、寝る前に一本」などと震える手で全員に缶ビールが配られ、もうおよしになってと心から願った最高の山梨。
さらに翌朝、8時に目を覚ますと既に飲んでいる人が数名居て、心底お酒がすきなのか、それともよほど目を背けたい過酷な現実があるのか。

ほとんど飲んでいただけの山梨。
「では、解散」と、終了もまた現地解散と相成り、元来た中央道を再び彼女と二人黙って帰宅したのであった。


≪これは東京でも出来ることではなかったか≫



| fabricio zukkini | 築地 | 23:13 | comments(3) | - | pookmark |
築地市場当て逃げ事件
1度だけ運転中事故を起こした事がある。
しかもそれは築地市場内でのこと。乗っていたのはターレットという運搬用の電動軽車両で、相手は八百屋のトラックだった。
事故を起こしたというが、厳密に言うとそれは当て逃げだ。サラリと言ったがとんだ凶悪犯罪である。

ターレットの荷台にミカンを20ケースばかし乗せて毎朝恒例の市場内配達をしている途中のこと、非常に混雑した市場内の交差点にて、道路脇に止めてあったトラックにガンと、ターレットの一部分がぶつかってしまったのだ。
最初ぶつかったときは何にぶつかったかすぐには分からず、振り返ってみて一台のトラックのミラーを凝視してみれば、そこには見事な傷がついている、、、いや居ない!様に見えた。
築地の常識は世間の非常識!ここは天下の築地だ、ということで「築地ルールや ワシはいそいでるんだがや」と、モラルは昨年セリで売りましたとばかりにスーっとそのまま逃げたのである。

その20分後であった。
ターレットに乗っていると会社の人から仕事用のPHSに電話が入る。

「お前、当て逃げしただろう 八百屋がブチ切れてお前を探している」

バレていたのだ。俺がぶつかったときに回りに居た八百屋が独自のネットワークで俺を特定し、ついに築地市場内で俺を指名手配したのである。もう終わりだ、恐怖のリンチタイムのスタートだ。僕のセセリがセリ落とされる・・・!

その電話に「実は逃げました」と正直に言うと、会社の人に「すぐ謝って来い」といわれたので「誤って済むのか やったー」とマシンに乗ってあの八百屋のトラックの下に戻ったのだが、先ほどの場所にそのトラックはない。
すると近くにいた別の八百屋が遠くから「あっ!アイツだ」と俺を指をさし「そこのオヤジなら、お前を追って北へいったぜ!」と見事なまでのRPGの「むらびと」役を果たす。

さながら賞金首。そして再び会社の人からPHSに連絡。
それは「逃げてるんじゃないよ!早く謝れよ!」という誤解を伝える不幸の電話。こうして俺は、すっかり築地市場を逃げ回るワンパク逃亡犯に仕立て上げられていたのである。
逃げたのは最初だけで今は自分から出頭しようとしているのだ。これ以上卑怯者扱いされてはたまったものではない。
事態は結構大きくなっているらしく、「部長が一緒に謝りに行くからこい」だの「総務部に連絡して会社で修理代を出す」 だのという物騒な連絡がますます俺を焦らす。

ターレットで移動していると「いたぞー」などの声が浴びせられる。
「とにかく来い」と言われた待ち合わせ場所(それは築地市場青果部のど真ん中だったのだが)に部長と一緒に行くと、そこにはマジギレで立つ八百屋の社長の姿。

「何で逃げたんだ!」というお言葉はごもっともであり、もはや「ぶつけて無いように見えたからです」というしか手立ては無かったが、「お前立ち止まって振り返って、目が合ったじゃないか!俺は荷台に居たんだ!!」と言われてしまえば返す言葉無く、目などあった記憶は全く無かったが「ええ・・」と完落ちである。

「築地の常識は世間の非常識」ルールのお陰で、この謝罪に加えて、としばらくの間の荷物運び手伝いだけで許してもらえたが、逃走時に市場内を駆け巡った犯人情報のせいで、その後しばらく「元逃亡犯」として白い目で見られることになった俺であった。

「お前の顔はもう覚えたからな!」

釈放時そう言った社長だったが、その後俺と髪形が少しだけ似ていた同期を、俺とまちがってこき使っているのを何度か目撃している。
いい加減なものである。




※当て逃げは犯罪です 運が悪ければ死刑になります!



| fabricio zukkini | 築地 | 00:35 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
農奴になった感想(完全版)
この記事は過去にダイジェスト版として書いたことのあるものですが、先日、昔知人向けのみに書いていた日記サイトにて、その元となった2005年当時の日記を発見したので、加筆・修正をしてお届けしたいと思います。
7年近く前に書いたものなので文体が固いのはご容赦ください。

*****

【研修開始】

築地の会社に入って間もない頃、会社の新入社員研修と称して千葉の東側、九十九里浜沿いにある旭市というところへ一人で派遣された。名目上は研修だが実体はお手伝いという名の強制労働である。
今思うと、市場と関係のあるJAに対し、こうして新人を派遣することで関係を強化しようという狙いもあるのではないだろうか。
 
東京駅から電車で70分、そこは人口4万人程度ののどかな街。海がすぐ近くにあるはずなのにそれを全く感じさせないだだっ広く広がる農地はCGのよう。山が全くなく、どこまでも平地であるそのCG風景は壮観。
地元農協でこの地域の農業云々について簡単に説明を受けたあと、これから1週間、俺が世話になる農家の人とご対面、山崎さんという50がらみの男性との挨拶もそこそこにお迎えの車でまずは宿泊する宿まで送ってくれた。
宿に着き、車から降りようとしたとき山崎さんから「今日ちょうど飲み会があるんだけど後で迎えにきてやるから君もこねぇか」といわれた。断る理由もなく「行きたいです」と快諾。
 
着いた宿は、忘れもしない、その名も「剛金旅館」。豪胆な名前に似合わず街外れにソッとたたずむ小さな素泊り宿。
こんなところ、一体誰が泊まるのかと思ってしばし眺めていたが、遠方から来たと思しきナンバーの営業車が停まっており、なるほどなと思った。
旅館に入ると、一応フロントみたいなものはあるがそこには誰もいない。人を呼んでも誰も来ず、結局玄関で30分またされた。まさかである。
30分後に来たのは4歳ぐらいの女の子で、俺を見るなり「きたよーー!!」と叫びながら主人を呼んできた。さらにまさかである。主人が出てきたとき、俺は「きたよ」といってやりたかったが、やめた。

夕方過ぎ、荷物をほどき着替えなどをした後、部屋でテレビを観ていると携帯電話に電話がかかってきた。さきほど送ってもらった農家の人からだ。飲みに行くので今から車で迎えに来てくれるのだそうだ。
このたびお世話になる山崎さんあるが、一般的な農家のイメージと比べると幾分格好が小奇麗でダンディだった。飲みに行くってのに余裕のマイカー出動ってところがこの街ののどかさを物語っているのではないか。

【飲み会へ参加】

山崎さんに連れられ、市内の飲み屋に着くとすでに飲み会は始まっていた。
先に四人の男性がいて、俺は社会人らしくビシッと挨拶をして席についたが何か様子がおかしい。ワイワイという感じではなく、四人そろってしかめっ面で何かを真剣に 話し合っているわけ。
それは飲み会というより会議と言ったほうがいいムード。俺は場違いではないのか・・・・。
するとそんな俺を察した山崎さんがヒソヒソと「今日は野球チームの会議なんだ」と言う。ははあ、なるほど。まあ、それはいいんだけど、じゃあなおさらなぜ俺を呼んだのかわからないのですが・・・
それから40分ぐらい俺は自分とは全く関係ない野球チームの話し合いに立ち会ったわけで、下位打線の打順でやけに揉めていたのを覚えている。
俺は黙って一人、料理にも酒にも手をつけずひたすら話を聞いており、集中力も切れあくびに興じ始めた頃にようやく「んじゃ、それでいくべ」という山崎さんの言葉と共に飲み会が始まった。

飲み会が始まると同時に、今度は別のサプライズ。その場に突如三人のおばさんが入ってきたのである。
歳はそれぞれ40代、30代、20代後半ぐらいだろうか。「今日は私たちhappyの三人が皆様の宴会をお手伝いさせていただきます!」とおもむろにシャウト。名前の通り、エプロンの胸には 「happy」と書かれている。 何なんだ。

後から聞いたが、それは地元で「エプロンおばさん」と呼ばれているコンパニオンの一種だという。俺は常日頃、飲みの席でなにかあっちゃぁ「よし、今日はカンパニオンよぶぞ」と言ってネタにしていたのでまさか本物のカンパニオンに会えるとは思わず、一人感動し、爆笑していた。 彼女達もまた、出だしの勢いをキープしたまま、40分待っていたのだろうか。同情を禁じえない。

飲み始めて程なくして、俺が山崎さんのところに研修で一週間手伝いに来ているという話題になり、別の農家の人が突然「じゃあ、おれんところも来いヨ」と言って、俺が返事する前に山崎さんがコクリとうなずきながら「行ってやれ」というので勝手に三日目に別の人の所にもいくことになった。カリキュラムに載っていないのだが勝手に決定。
俺は農奴。何でもありなのだ。
また、その場に頭のちょっとイってる人がいて、その人がかなり面白かった。口が常に半開きで「げへへへ」と笑う独身40代の元電気工事作業員のそ の人は、「ゲヘヘ、俺いままで食中毒10回なった」という、かなり新しい切り口で俺に話しかけてきた。イキかけの顔を見れば納得のエピソードだったので別に驚かなかったが、アレはやはりアンパンでも嗜んでいるのだろうか。
おいおい、この人のところにも手伝いに行かされたらたまんないと思っていたが、その人は無職だったので「何も手伝ってもらうことがねえよ ケペペ」ってことで、事なきを得た。

【研修開始】

その翌日、いよいよ農業体験のスタート。
簡単に言うと俺はミニトマトを栽培するビニールハウスの中で葉っぱを切ったり、収穫したりするなどの実践的な活動をさせていただいた。これは真に素晴らしき体験。作業ズボンの上に持参したサッカーのユニフォーム、そして農協からもらったJAマーク入り蛍光色の帽子をかぶって地下足袋を装着、そういう格好で1日農作業に従事する。
周りはまっ平らなのどかな水田地帯。農作業中に聞こえてくるのはBGM代わりのラジオの音以外はひたすら静寂。一人喋り続けるラジオの音が逆にそれ以外の静けさを強調し、自分でも信じられないほどの集中力を生む。
そんなわけで時間はあっという間に過ぎるのだが。なにぶん休憩が多い。8時に朝飯くったのに10時にはおやつの時間、そして12時から1時間半の昼休みを農家の家でだらだら過ごすと、3時にはまたおやつ、そして5時になると「帰ってよい」といわれる。のどかだ。
俺が居るからこうなのかもしれないし、当然繁忙期だときついんだろうけど、なんだかとても楽しかった。

お世話になった山崎さん、またその家族の皆様方がみんな揃って涙が出るほどよい人だったのが忘れられない。奥さん、じいちゃん、ばあちゃんともれなく親切だったものだから俺も自分なりに献身的に働き、積極的に家族の輪の中に突入した。
わが子のように下の名前で「オイ○○!」と呼ばれ、「お前が農業やりたくなったら俺の土地を貸す」と宣言されたもので、海も近いからいつでも遊びに来ても良い、と言うその顔はマジで、とんだ別荘地ができたものだと震えた。
だがそんな山崎さんだが、ちょっと苦手な所が一つ。「アレ」とか「ソレ」とか「アソコ」などの指示代名詞をかなり多用なさるのだ。
例えば「家はどこだ」というのを、「アレはどこにあるんだー、そのー、家のアレは」という風に言うわけ。回りくどい。でもこの程度なら何とか理解できるわけね。
一度ものすごくショッキングだったのが「おまえ、アソコのアレはー、どうやってその、ココからアレしたんだ」と言われたときだ。

「!!」

≪ついにここまできたか≫と思った。おそらくこれがアレソレ体の完成形だろう。
これに対する返事があれば知りたいものだ。ここで「は?」と聞き返すことがあると気まずいので俺は追い詰められて苦し紛れに
「そのへんです」
と一言、意味も脈略も何もあったものではないようなことをポツリと言ってしまった。しかしである、山崎さんはそれを聞くと「御意」と言ってどこか へ歩いてゆくではないか。聞かれているのは「どうやって」なのに「場所」を答えてしまっているのだ。そもそも質問がおかしいのは言うまでもないが、その返答も明らかにおかしいはずなのに通じてしまったことに驚愕、そしてさらに山崎さんが「あったど〜」などと言いながら作業用の地下足袋のようなものを持って 帰ってきてさらに驚愕。全てが成り立った。
こうなるともう二人はイルカ。テレパシーだ。というか山崎さんの独り言だったのではないか、という説も唱えてみたがどうも違う模様。これまた貴重な体験だったよ。
千葉での農業生活の大半はビニールハウスの中。毎日ミニトマトの葉っぱをむしるかミニトマトを収穫するかのどちらかだ。「きみは本当に器用だな」。生まれて初めて言われた言葉だ。農家の人はそんなに不器用なのだろうか。俺には分からない。

【伊藤さん宅へ】

最初の飲み会のときに山崎さんが勝手にOKを出したため、三日目に研修予定には入っていない、全く別の農家のお宅へ行くことになった。
伊藤さんという、的場浩二似の農家界でいう「若手」というポジションの人だ。農家の言う「若手」は基本的に40歳まで該当し、その基準はかなり甘い。だけど若手の伊藤さんは一般社会ではおッちゃんの部類にも十分入る風貌。ガタイがかなり良く、どちらかと言うと海の男と言う感じだ。
この人は長年続くキュウリ農家であり、そこに手伝いに来た俺は、今度はキュウリの葉っぱをむしることになった。基本的に俺がやることは場所は変れど葉っぱ関係。同じくジッと自分を向き合う孤独の作業である。
山崎さんのハウスで流れていたラジオはNHKだったので実は聞いていても全然面白くなかったのだが、この伊藤さんのハウスでは大変ありがたいことに日本放送だったわけで、仕事中は何かとラジオを楽しみにすることが出来た。
朝から夕方まで一日中ラジオを聴いていたのはこのときが最初で最後だろう。なのでラジオのチャンネル一つでかくも変るものなのかと衝撃を受けた。

朝九時ごろ放送の小林克也の「お願いDJ」と夕方四時ごろの高田淳二の「東京パラダイス」には救われた。
小林克也は結構いい曲を 流してくれるので特に助かった。千葉のビニールハウスの中で聴いたBlurの【Girls&Boys】は遠い異国の地で久しぶりに日本語を聞いた感じ。うおおお、と妙に興奮したものであった。あれは良かったねえ。

伊藤さんのところでの作業終了後、伊藤さんと奥さんが焼肉を食わせてくれるというので喜んで同行。伊藤さんは酒に弱いらしく、酔っ払うと途端に饒舌になり、聞いてもないのに奥さんと出会った頃の話をし始める。40オーバーの伊藤さんだが、これはまだまだ奥さんとしていそうだ。
後で山崎さんに聞いた話だが、伊藤さんは奥さんにプロポーズするとき電車の線路の上に寝て「お前が嫁にきてクレねぇなら俺はこのままうごかねだ!」と言ってゲットしたらしい。まさにドラマの様であるが、そういわれてみれば奥さんはかなりの美人だった。言うなればいい歳してだだをこねて嫁をゲットしたわけで、後で考えてそんな伊藤さんに少しゾッとした。
でもそんなことができるのは千葉の奥地ならではのこと。東京でそれやると YesかNoか答える前にたくさん人が乗った電車が伊藤さんの上にやって来るのだ。素晴らしい話だ。

【そして研修終了】
 
こうして千葉での一週間はのどかに過ぎた。山崎さんは本当に俺のことを可愛がってくれて心から感動。
最終日の前日、山崎さんが俺にコッソリ「最後だからイイとこ連れていってやっから」と耳打ちをするものだから完全に「ソープだ」と思って行った先がスナックでとてもがっかりした。社会人が「イイとこ」というと俺はもはやソープランドなのだとばかり思っていただけにその落胆たるや相当なもので、色んな良い話をしていただろう山崎さんの声が全く耳に入ってこないシマツ。一つだけ覚えているのは「おめえ、明大出て築地なんかダメだよ」という割とリアルなご指摘。最後の「築地やめてもここにまた来いよ」という言葉には、ああ、ソープ無くしても、かくも人は感動するのだなあ、と痛感した次第だ。

千葉を発つ朝、帰り際に山崎さんは「おめぇにやれるのはこれしかねぇ」とクオカードの5000円分をくれた。
山崎さんとはその後一度電話をしたきり、いままで一度も会っていないのだが、現職で千葉へ行くたび思い出さずにはいられない。



| fabricio zukkini | 築地 | 23:22 | comments(5) | - | pookmark |
それが築地の不文律 その2
もうひとつ、築地の話。

全ての人が言っていたわけではないが、ちょっとした挨拶がなぜか「ヨシ」だったのを覚えている。
とにかく朝はバタバタと忙しいところだったため、極端に目上の人で無ければ、挨拶の簡略化はさほど失礼なこととはされなかった気がする。
ちょっと場内で会ったぐらいだと「おはようございます」とか「こんにちは」はそれぞれ「ザッス」「チャス」などと短縮化され、さらに両方を兼ねる「ツァス」が流通していた。体育会系の集団であればこの辺りはさほど珍しいことではないかもしれない。
ただ、築地の場合これがさらに進化していき、このツァスすら面倒に感じていたと思しき人が発明したのが「ヨシ」である。

「ヨシ」には言い方があり、まず特徴的なのが全く目を合わせないこと。虚空を眺め、ただ機械的に「ヨシ」と小さく音で反応するのみ。センサの入出力のように「聞こえた、反応した」だけが分かればよく、その言葉同様、所作にしても究極の最小限反応なのだ。
そして「ヨシーー....」と妙に語尾を「スー」と延ばしてフェイドアウトするのがベテランの年季の入った「ヨシ」。すれ違ったのち、後方でまだ「シューー・・・・」と「ヨシ」の余韻を楽しむベテランもたくさん居た。

入って1年ほど経ち、「ヨシ」にあこがれた俺が調子に乗って「ヨッシィ!」と元気いっぱい張り切って言ってみたがまあ格好のつかないこと。「クスッ、、、ヨクナシ・・・」と嘲笑されたものだ。
「ヨシ」は忙しいオトナのたしなみ。言ったか言わないかぐらいの微かなものがCool!とされたのだ。

そしてさらに、「ええくそ忙しい、ぼかあもう『ヨシ』ですら面倒なんやけどねえ!」って、そんな現代ッコが編み出したのが、「シュー」。
何を言ってんのか分かんない、アタシもう帰る、ってひと、ちょっと待ってもらいたい。「シュー」と書いているがこれは無理やり文字にしただけのこと、実際には「シュー・・・」と口を尖らせて息を吹くだけの作業だ。だからもう「フー」でも「スィー」でも何でもいい。

「シュー・・・」
「フーー・・・」

ご理解いただけないかと思いますが、今の二行の文字列はとある業界で働くイチ社会人の立派な挨拶。
解説させていただくと

「こんにちは、天気がいいですね」
「全くです、それにしても暑いですね」

いささか趣が深すぎるが、現実なのだ。民俗学の範疇に突入しそうである。
さらに上級者ともなると息を吹くのではなく「スー。」と息を吸うだけの人も居た。口元がそれっぽく動いたか動かなかったで「挨拶」と認識する、その「意味」だけを追求した究極の所作だ。

ここでトーシローは気をつけなければならないのだが、口笛は完全にNGである。
「シュー」の代わりに一度、試しに「ピューイ」と思いっきり口笛を吹いてみたら「オイ、なんだそれは」と呼び止められ思いっきり怒られたことがある。なぜ口笛を吹いたのか、やっといて一切説明が出来なかった。
確かにこれではスポーツカーからのナンパである。スーやシューでも良いのだから・・・という甘えがあったのかもしれないが、挨拶代わりに口笛を吹く、よく考えなくても怒られて当然である。ナメてんのかって。

怒られたことも驚いたが、形式だけでやってんのかと思ってた「シュー」とかっていう挨拶も、こうして一応ちゃんと聞き耳立ててんだなってことに驚く。他のやり方が看過されない辺り、長年かけて作られた慣習の奥深さを痛感した次第である。

いや、普通に考えて「ピューイ」がまずかっただけかもしれない。
こんな風に、すぐに調子に乗ってしまう自分がとても可愛らしくてたまらない。
| fabricio zukkini | 築地 | 21:50 | comments(5) | - | pookmark |
それが築地の不文律 その1
築地で働いていたときにたまに遭遇した現象、それがいきなり「それとサア」で呼び止められる現象。
こういう具合だ。

朝、前方から上司が来たので挨拶をする。
「おはようございます」
それに反応する上司が
「おう、おはよう」
そのまますれ違おうとする俺を「おい、」と呼びとめ一言
「それとサア、あの○○だけど・・・」

こちらが「おはようございます」と言うとその返事が「おう、それとよう」なのである。酷いときは「おーい」と呼ばれ振り返ると「それとさあ」って。
「それと」の前の話に全く心当たりがないまま、あまりに堂々と「それと」って、付け加えられるこの不安感。前の話が何だったのか、そちらがものすごく気になり今の話が全く入ってこない。

これは、誰か特定のオカシイ人が言ってるわけではなく、何人も同じように言ってくる。ひょっとしたら業界特有の口癖の一種なのか、はたまた朝ものすごく忙しい職場だったために俺と誰かを間違えたのか・・・・?
「えっと、最初の話って・・・」と確認する間もなく去ってしまうので「それと」の前の話しはいつも謎だ。
ひょっとしたら最初の話と今の話が関連があって、前の話を踏まえないとこれってヤバいのでは・・・・とも思ったが、何も考えずに放置していてもコレ、何らミスもトラブルも無いわけだ。

ものは試しと、俺もいきなり「それとですね」と唐突に先輩に言ってみたら「その前の話は何だっけ」と言われ言葉に窮した。
所詮、そういうものである。
| fabricio zukkini | 築地 | 21:05 | comments(4) | - | pookmark |
新社会人に捧ぐ!
これは2005年の4月、このブログを開設する直前までずっと更新していたプライベートな日記に書いていた俺の社会人デビューの記録。
当時の内容をベースに加筆・訂正を加えてお届けしたい。

******


4月1日は入社式である。

この日は8時出勤。スーツを着てなれない満員電車に揺られる。
今日、この日がヤングからアダルトへの脱皮の瞬間だと思うと感慨深いものがある。同期は13名。なじめそうに無い。
入社式は形式上のモノなので大したことはなく、式中は余裕の勃起をかます。この入社式が終わるとこれから三ヶ月、本配属が決 まるまでは各部署を4グループに分かれて交代で回ることになっている。
最初に「果物(くだもの)チーム」へ行くことになった。「果物チーム、プッ」って笑いそうになったがこれが自分の働く会社なのだということを思い出すと、とても残念な思いが強まる。イチゴチームとかメロンチームなどがあってネーミングは実にファンシーなのだが、全員オッサンだ。残念ながら。

総務部の人に連れられ事務所へ向かう途中、果物チームは何をするのでしょう、と聞いた俺がバカだったのだが、「果物を売るのだ。」とだけ、とても無愛想に言われた。
3月に行われた入社前の研修では皆口々に「おめー大卒だろうがなんだろうが、挨拶と早起きさえ出来れば誰でもできる仕事だゼ」というショッキングな報告をされていたためか果物チームの事務所に入ると気負いからか必要以上に元気の良い挨拶をした。
するとどうか、事務所にすわっていた一同が「んんー?」という顔した後、「ニヤリ」と 一閃、「うい〜」っていう、二次会から参加しに来た奴を迎えるような随分フランクな挨拶が返ってくる。これはただの会社ではない。
貼られた「禁煙」の張り紙を嘲笑うかのように、事務所の机で堂々タバコを吸っている。これはただの会社ではない。

翌日から早速労働だという。
初日から作業服を着て軽く肉体労働をするのだそうだ。何をやるのかは全く聞いていない。このときすでに色々とあきらめていたので何が来ても驚かないつもりだった、のだが、そうはいかなかった。
元々就業規則では朝の定時は「7時」とされていたはずなのだが「定時は7時と言われてるだろうが、・・・・ま、それで間に合うわけないから6時に来いよ。」と入社初日にあっさり1時間定時が早まってしまったのだ。とても驚いたが「挨拶と早起きが出来ればこの仕事はできる」ということなのでとりあえず元気よく返事をしておいた。
さらに付け加えて告げられたのだが「明日、セリ台に立って、築地の皆さんに自己紹介してもらいます」


そういうわけで4月2日は早速肉体労働。
通勤で早くも失敗してしまう。朝4時50分に起きてみて5時10分に家を出てみたら会社に着いたのがすでに6時を回ったころだったのだ。
朝なので電車の本数が少ないのを完全に忘れていたのだけども、そもそも致命的なのが前の日に何時の電車に乗れば何時に着くとか、そういう大事なことを全く調べていなかったのである。
それで着いたのが6時。これじゃ4階にあるロッカーまで登って作業服を着て下に降りて来ていると明らかに間に合わない。何とか急いで着替えて、って考えたのだが、驚いたことに初日からロッカーの鍵を忘れて居たことに気づく。家に置いて来た。ゲームオーバーだ。
着てきたこのスーツで作業はできない。だけどとりあえずセリ台前だ、と思った俺は四階には登らずにそのまま『せり台』の前にダッシュ。そして俺はセリ台の場所を覚えていない。研修のときに見た市場と全く違う早朝の市場に戸惑うばかり。
やばいぞ俺、やばいぞ、全く働く準備が出来ない、社会人になろうとしてない脱皮してないぞ、って色々考えながら市場の中を走り回っていたとき・・・・

市場の中一人だけスーツ姿の俺を不審に思ったのか、前方に一人のオッサンが段ボールの影からヌッと姿を現し、「おい君!」と声をかけ俺を止めた。
返事をするまもなく、続いて「作業着はどうした」と問うので、「わ、忘れました」と返す。するとそのオッサン、おもむろに「俺のを着な!」と、そのとき着ていたものすごく汚い作業着を俺に無理やりに着せた。

そのオッサンが着せてくれた上着、本当に汚かった。さらにくさかったものだから、後でぬいじゃおっかな、など、あらぬ考えももたげたが、背に腹は変えられずとりあえず上着が調達できたことに安堵。俺が「ありがとうございます!」というと汚いオッサンは「ニヤリ」として再び段ボールの影に消えていった。サボっていたのだろうか。

スーツの上着を脱ぎ捨て、ワイシャツの上に作業着を無理やりに着こなすと、そこにたっていたのは『工事現場を見に来た建設会社の専務』スタイル。
電気量販店の「はっぴ+ワイシャツ」、割烹とか料亭の料理人が好む「調理服+ワイシャツ」と並んで『東洋の神秘』と位置づけて常々バカにしていたスタイルだ。
ほんの最近まで「あの格好したら終わりだぜ」なんつってへらへらと散々馬鹿にしていたあのスタイルを、社会人2日目でドカンと味わうこの屈辱。まさにヤングからアダルトへ急降下した象徴的な出来事だ。これが社会の厳しさ、会社の不条理なのか と自身に起ったこの災禍を憂いた。だが禍はこれにとどまらない。

こうしてとりあえず上着だけだったが何とか格好を繕いセリ台の前に集合。だがそこに集められた新入社員を待っていたのは雑に並んだ野菜のケースをひたすら並べる作業部隊への投入。
《修めた学問?ふんっ、そんなもんここじゃクソにもなりゃしねえぜ、ここで必要とされるのは力、圧倒的な力なのさっ・・・!》そんなガチンコファイトクラブ風のナレーションを脳内で繰り返し流しながら俺はひたすら作業に没頭した。なんというか、ジャガイモがとにかく重かったし、ジャガイモは果物じゃねーだろ。

そんなわけで新品の作業着をまとった新入社員の中、一人だけ年季の入った作業着で建設会社の社長然としてユッタリと作業をしていると、後ろから「お前、帽子は!!」というドスの効いた声が聞こえてきた。声の主は入社式で顔を見た覚えのある役員の一人だった。ハッとしてまわりを見ると確かにそうなのである、俺だけ帽子がない。
ここ市場では、頭上のプレートにフルネームの書かれた帽子を被ることを義務付けられている。それをかぶっていないのが俺だけなのであるから目立つのは当然。どうやら声をかけてきた役員のオッサンはどうも俺が新入社員だと気付いていないようだ。それに作業着が汚かったからベテランだと思われたのだろうか。

さらに俺の全身を確認すると「何だその着こなしは!」という適切なツッコミを頂き、その次には意外な言葉、「俺のズボンを貸すから着替えて来い!」

借りたズボンのサイズを見てビックリした。ウェスト95cm。さすがに重役様ともなると恰幅もよろしいようで、それを俺がはくとそのサイジング、違反ズボンのドカンみたいな感じで分かりやすく言えば北の将軍様のいでたち。
そのデカい作業ズボンはアダルト向け5タック入りスラックスのよう。さらに上の作業着からチラリと覗く白いYシャツは東洋の神秘、そして足元には新品の革靴ときたもんだ。
この格好でも十分国宝級のダサさだが、さらに「帽子をかぶれ」という。「帽子は、俺は今日ロッカーの鍵を忘れたんで、、」と説明して居る途中、「おい君!」と再びアノ声。
振り向くと「俺の帽子をカブレ」とさっき上の作業着を貸してくれたオッサン。またオッサンか、と思うでしょうが、とにかくオッサンしか居ないのだ。

作業着に引き続き、帽子まで貸してくれた心優しいこのオッサン。さらに自分の帽子についていたネームプレートを外すとそれを裏にひっくり返して持っていたガムテープで器用に付け直し始めた。
固定できたことを確認するとおもむろにマジックで「君、名前は」とまるでサインでもするかのようにサラッと俺の名前を殴り書きするではないか。ただし字がものすごく雑で、その見た目は実際のサインのよう。「もう少し丁寧に」などと贅沢はいえないので、とりあえずつぎはぎだらけではあるが、一通りそろったことに安心し自己紹介タイムを待つ狂熱のセリ台前に向かった。

≪青果部門の新入社員が自己紹介をするそうです≫

それにしてもこの、さも「自己紹介をしたいらしいから聞いてやろうぜ」みたいな放送はなんなんだ。
新入社員の13名は奴隷市場に連れてこられた奴隷のように、疲れ果て、うなだれ、暗い表情でぞろぞろとセリ台の上に乗せられた。あっという間にセリ台の前には人だかり。オッサンが5、60人ほど集まっている。

「ヒャッハー」
会場は異様な盛り上がりで、とても日本に居る心地がしない。四方から当てられる必要以上の照明はなんだ。

「これから新入社員の挨拶を始めます」と厳粛な面持ちで紹介した上司だったが、次の瞬間には酔っ払っているんじゃないかと思うくらい興奮した声で「デケェ声でしゃべれよう!!1ぎゃgっはは!!!!」と叫んでいた。奴隷商人がその本性を発揮した。これはとんでもないところへきたものだ。

その後雰囲気に呑まれる形で全員が一人ずつ怒鳴るように自己紹介。自己紹介というか、もはや名前を叫ぶだけ。俺の隣のヤツが完全に舞い上がって半ば「キャキーーッキー!」って叫んだときがなぜか「おおおお!」って一番盛り上がって、俺はきちんと名前を発音したのに「なんだよ・・」みたいなしらけた雰囲気で、いつの間にかただの大声選手権に様変わりしていた。バカじゃなかろうか。
こうして絶叫コンテストも指笛とか怒声に包まれ大盛況のうちに終了。
「ああ、俺この後屠殺されるのかなあ」などと考えていたが「じゃあお前は果物チームへ行け!」って言われてなんとかこの地下人身売買マーケットから脱出成功。

その後、午前中フルで肉体労働に従事した俺は改めて果物チームの事務所へ。
するとそこには俺に帽子と作業着を貸してくれたオッサンが居るではないか。

「おお、君かい」

本当に出来すぎた話かもしれないのだが、このオッサンこそ、後の「課長」に他ならず、俺が課長の居る果物チームへの配属を希望したきっかけなのである。
初日から衝撃の連続。今でも忘れられない、俺の社会人デビューであった。


そんなわけで、新社会人のみなさまのご活躍に期待しております。
| fabricio zukkini | 築地 | 23:28 | comments(2) | - | pookmark |
課長のゼット
築地時代に何かと衝撃的だった俺の上司。
築地の診療所にバイアグラを買いに行かせたり、自分の父親を運送会社に宅配させる、あの「課長」である。
「桃の季節が終わる頃、また飲みに行こう」という独特の言い回しで飲みのお誘いを頂いてから半年。もうすぐ桃の季節到来である。このままでは一生飲みに行けず、おや、ハイレベルな絶縁宣言ですか、と勘ぐりはしたが、今日も気長に待っている忠犬・俺だ。

都内について言えば、地震の影響はまだまだこれから出てくるだろう。ともかく暗い話題ばかりで滅入りそうなので、ひとつ、課長との心温まる思い出話をご紹介したい。

*****


課長の愛車は「ゼット」――日産のフェアレディーゼットだった。

このゼットにも色々と思い出がある。
課長はもともとスカイラインを所有していたのだが、ある朝課長が目を覚まし、さあ仕事だとあくびをした瞬間(とき)・・・

《いやあ、突然だったね、朝起きたら無性にゼットが欲しくなったんだ》

まるで突然湧き上がった食欲か性欲のように簡単に語るのは世にも奇妙なゼット欲。
課長はその日の仕事を休み、「ゼットください」って、朝からゼットを買いに行ったという。この購買意欲。日本全国課長だらけだったら景気Z字回復である。


元々男前であるのに加え、その破天荒な生き様ゆえにとうの昔に家庭が崩壊していた課長。当然のように愛人が居て、俺は何度もその愛人と課長の逢瀬に付き合わされた。そしてそのデートには助手席に俺を乗せ、必ずお気に入りのゼットで向かうのであった。
聞けば俺の先輩が一度だけこのデートに立ち会ったことがあるらしく、これはどうやらバイアグラ購入班に引き続き、気に入られた一部の若手だけが経験出来るスペシャル・イベンツらしいのだ。

先輩はその後「ガチで発情した中年を見るのが耐えられず・・・」という理由で執拗なお誘いを断り続け、見事1回で引退。
初回、「いいオンナにあわせてやるからよ」と誘われた俺だが、タダで酒が飲める嬉しさだけで、そうでもないオンナのいるデートに5回も立ち会うことになった。
終いには「浮気発覚時のアリバイのためでは・・・」と考えるようにもなっていたが、こういう場所に連れてきてくれるというのは信用されているのだと毎回快諾していた。

課長の「ゼット」は、覚えている形からZ32型というタイプだと思う。残念ながら、これが厄介なことにイカした2シーターでいらっしゃって、スネオよろしく「悪いけどこの車は2人用なんだ」って、課長と愛人だけを乗せたゼットは、一軒目終了後、全く知らない街に俺を置き去りにして2人で夜の街へ去っていくのが常だった。
千葉に住んでいた課長の都合で、飲む場所がまた錦糸町とか北千住でまあ、当時住んでた中野坂上のおうちから遠いことといったら。
性欲の赴くまま、自由に向かって走り去るゼットの後姿はいつも、まぶしかった。


うちの会社は築地とはいえ朝6時と、比較的遅めの始業で、電車通勤可能なことから築地市場の青果部では基本的に社員の自動車通勤は制限されていた。
始発で間に合わない人や配達関係者には当然駐車場が与えられてあったが、どちらにも該当しないうちの社員は基本的に場内に車を停めることは出来ない。

言うまでもないが、課長は禁止されているにも関わらず、モリモリ自家用車で通勤していて、それは大体スカイラインだった。
課長は愛人と会うときはゼットだが、通常はスカイラインに乗っていたのである。

通勤してきた課長の、その停車位置は堂々たるもの。会社の役員用の駐車場が常に1台分あいていることを知っていた課長は、基本的にそこを自分の駐車場として利用していた。
あまりに堂々と停めるので役員の誰かのものかと考えられたのか、駐車についてはずっと不問。あれは不思議だった。
圧巻なのがそこが空いていないときで、そんなときは築地市場の門の真横、駐車場でも何でも無いばかりか、200%交通の妨げになる門の入り口付近に堂々と臆することなくヤクザ停めしては、渋滞を引き起こし場内放送で《スカイライン、至急移動してください》と呼ばれていたのである。
この放送で度々「ねずみ色の」スカイラインと呼ばれるのを課長は大変嫌っていたのだが、そんなことを言える立場か。

課長のしもべだった俺としては、困るのがこのお呼び出しの放送が鳴ったとき。
「キーは挿しっぱなしだからイッテコイ」と課長に言われ、それを移動する役を何度かやらされた。
警備員から罵倒されるのもその役には含めてあり、俺のじゃないのに周囲のトラックの運転手からも白い目で見られながら、もはやどこにも停める場所も無いスカイラインを操り、当時ペーパードライバーの俺は半泣きになりながら雑然とした市場内をさまようのであった。

この車移動指令、スカイラインはまだ良くて、これがお気に入りのゼットだった時が最低。
気になるんだったら自分でやりゃいいのに、「安全運転でやれよ」って何度も念押ししてくるだけでなく、ゼットのところに辿り着いてから移動開始するまでのわずかな間に10回近くも内線のPHSに「どうだ?!安全にやったか?」ってひっきりなしで電話掛けてくるわけ。

俺がペーパードライバーな上に乗ってるのが暴れん坊のゼットとくれば、操作ミスだって目をつぶって欲しいんだけど、案の定市場内に置いてある木製のパレットがホイルにかすってしまったその時、「バカやろう!」という声と同時に「どけ!」と中に入ってきて俺を引っ張り出す課長。
「心配になって後を追ってきた」らしいのだが、それなら最初から自分でやってほしい。


*******

こうやってみると課長のゼットは俺にとって、とても迷惑な存在だったように思えるのだが、一度ゼットに、ゼットに乗った課長に助けられた思い出があり、それを紹介してこの話を終わりにしたい。


ある日のこと、午後過ぎになって発覚した取引先への出荷手配ミス。向け先は都内スーパーだ。忙しくなる夕方に向けて本来ならばついていなければいけない時間はもう目の前。
今から運送屋を、たった一つの客向けに手配なんて、費用的にも当然時間的にも現実的ではない。

「俺は一体どうしたら・・・」

入社二年目の俺を襲うちょっとしたトラブルだった。
いやあみなさん、もうお察しはついているでしょう、そこで登場したのが・・・・課長の、、ゼェェット!

「俺のゼットで運んでやるよ」

話を聞きつけ颯爽と現れたゼット、そしてそこから現れた課長。
2シーターのゼットの助手席に段ボールを積み上げ、「悪いけどこの車は2人用なんだ」と一人で配達に行った課長。あまりの格好のよさに、俺はさすがに「この人について行こう」とそう思ったものだ。
そんなあまりに格好の良すぎる課長であったが、なぜだか分からないが自分の仕事は全く手付かずのまま。おやおやっ、て思ってたら、さらにどういうわけかそのまま課長はおうちに直帰しちゃってて、モリモリ残された大量の仕事の処理のために、俺を含めた課員3人は遅くまで会社に残ったのであった。


SEE YOU NEXT KACHO!!
| fabricio zukkini | 築地 | 19:58 | comments(5) | - | pookmark |
築地朝5時
築地で働いていたときに乗っていた電車が、中野坂上朝5時発の大江戸線。
築地とか市場っていうと朝2時とか3時というものすごい早朝のイメージがあるかと思うが、水産部門がものすごく早いのであって、俺の居た青果部門ってのは朝5時半〜6時ぐらいのスタート。
ただ、始発かその次ぐらいの電車には乗っていたが、それで始業ギリギリであり、なかなか辛いものがあった。

大小様々な会社が入る築地市場、各社始業は異なり始発でも間に合わない会社も当然ある。そういう人々は車かバイクを使うしかなく、仲良し同士が途中で待ち合わせし合い、誰かに拾ってもらいながら仲良く車で通勤ということもよくあること。
俺も一度途中で拾ってもらって通勤したが、車内で居眠りのレベルを超えた深い眠りに陥り、その日の午前中を夢遊病のように過ごした記憶が・・・。

電車での通勤方法としては三つ。(詳しくはここを
ひとつが新橋駅で降りて徒歩15分ほどを歩く方法。
4人ほどでタクシーを使う人も居たが、新橋駅から築地市場への早朝ウォーキングこそ王道。距離は遠かったがJRは始発の時間が一番早く、この新橋利用者の出勤が一番早かった。

もうひとつが日比谷線の築地駅。(東銀座でも可)
ここはどちらかと言うと場外市場の近くで、働く人々からするとやや遠い場所にあり、徒歩10分ほど必要であったため乗り換えや電車の時間の都合上つかっている人が多かった。食べ物目当ての観光客向けという感じ。(場外市場までは1分ほどでいけます)

最後が大江戸線の「築地市場駅」で降りる方法。俺が使っていた駅だ。
築地市場駅は名前の通り、市場のほぼ真ん前に降りる駅。後発の駅ならではのかゆいところに手の届くベストなポジショニング。どちらかと言うと築地場内最前線に近く、ここで降りる観光客が行き交うターレットやトラックの中でパニックになる姿も。スリリングな場内観光をするならここで良いかもしれないが、食べ物目当てならば正直降りても何もない。少し歩こう。


当時住んでいたのが中野坂上、幸い築地市場駅まで一本であった。
というより、築地市場駅で降りるために中野坂上を選んだのが実際のところなのだが、最初に書いた通り、始発を使ったとしても思った以上にギリギリでかなりの計算違いであった。
朝4時半に目を覚まし、20分で支度すると半分眠った状態で10分ほど歩いて駅へ。5時10分発ぐらいの電車に乗り込むと、乗った瞬間に「グウ・・・」というパターンが多かった。
一度起きてから間が30分とやや長いが、これはちょっとした二度寝である。

乗る電車はいつも同じ。車両もほとんど変えない。電車の中は大概空いており、そこで見かけるメンツもいつも同じ。一年も乗っていれば途中駅で乗ってくる奴、降りていく奴のことも覚えてしまう。
ほぼ毎日顔を合わせる間柄、「おっ、髪型変えたな・・・」とか「新しい上着を買ったね(似合っているよ)」とか、「太ったな(俺もさ・・・)」とか、お互いをチェックしているかのような一瞥(べつ)の投げ合い。混みあった車内ならこうもいかないが、いかんせんガラガラ。嫌でも見てしまう。
いつも必ず居た人がある日を境にまったく見かけられなくなると「シャバに戻ったか・・」なんて思いを巡らせたりするし、まじめそうな女性がある日突然激ケバになって現れたときには車内の男子による「な、何があった・・・?!」という視線の集中砲火も見られた。

他人であって他人にあらず。
《眠いな》《ああ、夢心地さ》
《辞めたいな》《ああ、底辺だぜ》
言葉こそ交わさないものの、ちょっとした仲間意識がそこには芽生えていた。

ある朝のこと、前日の深酒がたたり、その日はいつも以上の眠気。死ぬほど辛かったがフラフラの状態で駅を目指した。
髪はボサボサ、パジャマのようなデタラメな格好でグッタリしながら大江戸線に乗り込んできた俺を、「仲間達」は《おっ、昨晩は飲みすぎたようだな》という目でチラリ。それには《お察しの通りだぜ》と軽く対応。

日ごろより競売(セリ)という場で部外者には一切分からないスペシャルな言語を用いていると、同じ築地で働くもの同士、ついにはイルカもビックリのテレパシー通信が可能になるのである。


いつも眠りについていたのが10時半だったのだが、その日の前日は夜中1時。ほとんど寝ていなかった。
残った酒の力もあり、ものすごい眠気、このまま座席で寝てしまうと間違いなく深い眠りについてしまう。乗り過ごし、遅刻はまぬかれない・・・・と、思ったそのとき、いつも斜め前に座る男性(俺のリサーチでは築地水産部方面の方)と目が合う。そして口許には軽い微笑。

《俺が起こしてやるぜ》

そんな温かいヴォイスが「新着心の声」として届いた。
男性とはもう1年以上の「付き合い」で、ほぼ毎日俺の斜め前に座っている。50代ぐらいだろうか、話をしたことは無いが見るからにいいおじちゃんという感じ。彼は通勤中全く眠ることはなく築地市場駅で一緒に降りる。
1年以上も毎日同じ電車で同じように通勤しているのだから、誰がどこで降りるかなんてお互い分かった話。仮にスーパーコミュニケーションが錯覚だったとしても・・・・、俺がいつも降りるところで降りないんじゃあ、「おや」と当然のように起こしてくれるはず。それが下町の人情、江戸っ子気質というものだ。

俺もニヤリと口許を弛ませそれに応じる。

《じゃあお言葉に甘えて・・・・》


お察しの通りであるが、目を覚ましたのは清澄白河駅。
築地市場駅の4駅先にある駅である。
| fabricio zukkini | 築地 | 12:24 | comments(0) | - | pookmark |
築地ドリーム
築地で働いていた頃、市場のあちこちに無防備に置いてある果物を狙った窃盗犯ってのが結構居た。
クリスマス前のイチゴのように引く手数多の高騰した商品を転売する目的で現れる窃盗犯が大半だったのだが、中には「美味そうだから」という至極単純な目的で罪を犯す短絡的なヤカラも。
転売目的にしろただ食いたいだけのヤツにしろ、意外と同じ築地で働く同業者の犯行が多かったのが印象的だ。あれだけ人の居る場所だから、よからぬヤカラが紛れ込んでいてもそれを見分けることは不可能だ。変な人はそりゃあ多かった。

築地市場周辺にはホームレスの人が数人暮らしていた。築地ではホームレスなどというオシャレな呼び名は使われず、皆堂々、「乞食」と呼んだ。差別用語とかクソくらえ、っていうんじゃなくて多分悪気はないのだけど、多数は単純にホームレスというイングリッシュの呼び名に馴染みがなかっただけだと考えられる。
彼らホームレスは、夕方昼勤者と夜勤者の交代時間の人の居ないときを見計らうように、どこからか現れては自動販売機周りをウロウロ、小銭を探したりゴミ箱を漁ったりして去って行く。巨大な築地市場の隅々まで、あるかも分からない小銭を探して回るその姿には何か迫力のようなものすら感じ、何も言うことが出来なかった。

一人有名なホームレスが居た。ネズミのような鋭い目をしていてオールシーズン常にアディダスのトレーナーを着ている。足元にはプーマのスニーカー。今思うと意外と王道のスポーツカジュアルでオシャレだ。オールドスクールにも通じるぜ。
そんな彼だが、築地市場青果部門では密かに「発明王」と呼ばれていた。はて発明王とな、とお思いだろう。それには彼の持っていた道具に秘密が。
「発明王」こと彼、自販機の下に落ちている小銭を広い集める為に木の枝に細工をして作った専用の道具をいつも持っており、最初はただの枝だったものがどんどん改良が加わっていき、最後に巨大な「くま手」のような形にまで進化していた。一回のトライで自販機の下にある小銭を絶対に取りこぼさないその一網打尽仕様はお見事の一言。我々は眺めているだけ、一切コミュニケーションは取らないのだが、はじめてその道具を我々の前で披露したときには思わず「おお・・・」というため息。こうしていつしかその飽くなき向上心と開発力を称え、「発明王」と呼ばれるようになっていったわけだ。

彼は隣にある浜離宮公園近くの森に住んでいるという噂があった。どうやってくるかは謎だったが、浜離宮と築地市場の間を流れる築地川を越えて築地市場にやって来ているのだと。
窃盗の件もあり、一度上司に命じられて彼を尾行させられたことがあった。夕方4時から5時、なんたる仕事かとうんざりしながら彼の後ろを尾行したが、自販機周りをチェックした後、傷んで廃棄された果物や野菜捨て場で丁寧に選果しては拾い出して行く。それだけだった。築地と共生する、彼からはそんな印象を受けた。
噂通り浜離宮のほうへ消えて行ったが、川を渡ったかどうかは定かではない。森に住んでいるという噂がまんざら嘘でもなさそうな逞しさを感じた。
結局その日、別に頼まれていもないのに「ホームレス男性追跡報告書」というのを、完全に自分の楽しみの為だけに作成。「16時30分、デコポンを拾う」など無駄に詳細を記入し、上司に提出してみたが「ほう、お前はパソコンができるのか」と割とどうでもよいところを評価され複雑な気持ちだった。

「発明王」を動揺させるある事件があった。彼が発明したその小銭集め道具が、実はいつも売店の自販機の裏に立てかけられているのを知ったのが売店のおばちゃん。日頃からゴミを漁って散らかしていたそのホームレスを疎ましく思っていたらしく、その道具を発見するや素手でポキッて折ったそうな。折ったそうな、っていうか、折る瞬間わしら間近で見てて「ひでえええ!」って見てたけど。
そして次の日そのホームレス男性がまあ、ブチ切れて売店付近に現れましてねえ、今まで全くこちらに話し掛けることもなかったのに「ひでえやついんだよ!」って、聞き込み調査を始めてたのを見たときはひどく心が傷んだものだ。
なんでバレたかって、おばちゃんもよせば良いのに奥に秘めていた残虐性なんて見せちゃってからに、折ったヤツをその場に残してたらしいの。猟奇犯がバラバラ死体を被害者の親族に送りつけて楽しむアノ手口ですよ。あな、おそろしや。
よっぽど「発明王、犯人はあのおばちゃんです」て教えようかと思ったけど今度こそモノホンのバラバラ死体だと思うととても言い出せなかった。
ある夏、Japanの築地市場で普通にあった出来事である。信じられまい。


で、それから数ヶ月・・・・

魔法の道具が折られたからか、はたまた季節も冬を迎えつつある厳しい寒さの影響か、「発明王」はいつしか我々の前に姿を現さなくなっていた。
冬の始まりはミカン。極早生(ごくわせ)、早生(わせ)ときて皆さんが一番美味しく食べているミカンのハイシーズンであり、果物の中でも特に大量に入荷し大量にはけて行く果物の陰の王様。こいつのピークがやってくると築地の青果部門はパニックになってだな・・・・もはや誰も「発明王」のことなど気にもかけない。

だけどもある日、職場の近くにある「加工センター」と呼ばれた建物にミカンを50ケースぐらい運んで行ったときのこと。なんというか、そこにいらっしゃってだな「発明王」が。普通に働いていたのだよ、俺たちの「加工センター」で。
ひょっとしてゴミ漁ってるときのそのたぐい稀な選果能力を見込まれてスカウト・・・?!なんてことも思ったけど、ここは築地、あり得ない話ではない。
髪は随分伸びていたしヒゲももの凄かったけど間違いない。だってアディダス着ていたんだもの。諸外国人の女性の方々に混じって、その中で唯一男性の彼が段ボールに入ったミカンをネットに小分けしていらっしゃって。なんか不思議なもので、人が仕事を得るとこうも変わるかってくらいに、目つきが全く違うわけだ。ネズミのような目も今ではハツカネズミの目。あまり違いは分からないけどとにかくなんかすごく生き生きしていた。

何か妙に感動したっていうか、しばらくその様子をジーッと眺めていたら「発明王」がこっちを見て言うのだ。至極穏やかな表情で「君、そこ置いてって」て。そのとき思ったね、この前までホームレスと見ていた方がいつの間にか自分のビジネスパートナーになってるこの現象、これぞ大半が履歴書無しで就職出来る「築地ドリーム」だと。夢なら醒めてくれ的な意味のドリームも6割含んでいるけども。
とにかくもう何かもの凄い脱力感だったけれど、「仕事が無い」「格差が!」などと嘆く前に貴様ら築地来いや築地よう。特にオススメなのが「加工センター」や。

「君、」なんていう彼の言葉に一瞬ためらい、すぐに「あ、はい」と返事し、ミカン50ケースをターレットと呼ばれる軽車両から降ろして行く俺。
それを確認すると、元「発明王」はまた忙しそうに再びミカンをネットに入れる作業を続ける。

まったく、不思議な世界である。


| fabricio zukkini | 築地 | 22:03 | comments(9) | - | pookmark |
そこで築地の出番です
東京都内での話だが、最近路上果物売りが何か増えててウザイ。ご存知だろうか。
ニコニコ顔で声を掛けては果物を売ろうとしてくる。調べたらこれだったhttp://meieki.keizai.biz/headline/773/

俺の住む多摩エリアだと立川駅周辺が拠点のようで、立川駅前で果物入りのダンボール持って走り回るオレンジのジャンバー集団をしょっちゅう目撃していた。
最近はこれが駅前だけでなく駅から離れた普通の住宅地にまでやってきており、あのなりふり構わぬ訪問販売は街にはびこる一つの脅威である。最近ついに俺の家の近所でも発見したからこの勢力拡大は大変恐ろしいものがある。

トレードマークはオレンジのジャンバー。若い男女が二、三人のグループを成して訪問販売か道ばたのオッサン捕まえて「どうですか」と売ってくる。相手がサラリーマンだろうとギャルだろうとお構いなし。前に立川の事務所で働いているときなんて、仕事中の事務所に入ってきていきなり「梨どうですか」って言うじゃないもう、見境が無いんだこれが。
明かに仕事中のサラリーマンに向かってどでかい梨持っていって売れるかっての。

仕事帰りに俺も声をかけられたことがある。二ヶ月ぐらい前、立川駅前で夕方五時ぐらい。
「すいません!」の声に振り返るとそこには唐突に「めちゃくちゃ甘いですう〜安いですう〜230円です〜」っていってまずそうなデカい柑橘類を売ろうとしてきたナオン2人組。オレンジのジャンバーを見て≪しまった≫と思ったと同時にもたげたのが≪こらしめたる・・・!≫
俺が築地の青果部門で働いていたとは知らずにこのアマァ・・・ 符牒と呼ばれる市場用語でこの果物娘どもを撃退する作戦、発動である。ただのサラリーマンと思ったら専門用語を知っているとんだ果物博士だったで〜!というドッキリ作戦。

「ほほう、」と一言、元築地市場青果部門メロン担当の繊細な指使いでおもむろにシャシャシャってやって「こんなもんチョンバン(180円)だろ!」と指を高速で動かしながら得意げに言ってやったらば小娘はびっくりドッキリ・・・・!とはいかず、目の前の二人は何か恥ずかしそうな表情。ノリノリで声をかけてきたさっきの威勢の良い姿はいずこへ。

それは反応としてはちょっと予想しなかったものだった。明らかに困惑し≪えっ、何今のアヤシイ響き・・?!≫の表情で互いに顔を見合わせている。
この予期せぬ展開に焦って手の動きをやめる俺。おやおや、まてまて、こいつら果物売ってるのにまさかこの手の動きの意味を、チョンバンを知らないのか・・・?!チョンバンだよ、チョンバン!アチラじゃ大スターのチョン様だよ!

となるとやばい、チョンバンというのは冷静になって考えると何も知らない人からみたら確かに卑猥な響きであるし、それを表現するのもまたそれに相応しい大変卑猥な指の動き。まああのう、大変言いにくいのですがね、チョンバンってのはですね、その手の動きたるや俗に言う、Te-Man的な感じなんですよね。
考えても見て欲しい、声をかけたサラリーマンが突然「ちょんばん、ちょんばんさせろ〜 ぐへへ」と意味不明な言葉を言いながら高速で連続Te-Manのポーズと来たらこれは女子ならずともランナウェイしか選択肢は無かろう。

ひゃあ、これはしまったやらかしたと思い「と、とにかく俺は買わないからなッ」とその場を逃げるように去っていったが、逃げるまでも無く同時に二人もその場を去ろうとしていたところ。You、大正解です。
こんなにドキドキしたのは久しぶりに築地wordを使ったからだろうか、それとも・・・。

病み付きに、、、、なるかばかやろう!
| fabricio zukkini | 築地 | 23:06 | comments(4) | - | pookmark |







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