ぼくののうみそ-・x・

大学進学の為に上京して最初に住んだのは寮だった。

寮と言っても普通の寮、下宿屋などとはちょっと異なり、住んでいるのは俺の地元の出身者かそこに縁のある人だけという、県民寮よりさらにピンポイントな市民寮のようなものだった。従って住んでいるのは同じ高校の同級生や先輩などが多く、勿論同じ高校出身者とてその寮で初めて話した人も多かったが、実質的には大学1年と言うより高校4年生という感覚にやや近かった。

その寮の性質について細かく言うと長くなってしまうわけだが、ただ学生を受け入れて生活させるアパートのようなモノではないところが一つ大きな違い。
普通の寮とは一線を画す独特のルールやイベント、風習が数多くあり、大学の友人への説明には度々困らせられた。
それもそのはず、寮の名前の末尾には「○○塾」と付いており、元々の興りが慶応義塾や同志社のような藩や地方有力者が作った私塾のようなものだったのだ。寮の説明会で聞いたところによると、慶応や同志社が大学として学生に広く門戸を開いたのに対し、あくまで私塾としての形を残したのだそうだ。
その色は段々薄れて来てはいるものの、やはりそこでの暮らしには時折歴史や変な格式の高さの欠片を感じさせられた。
「大学ぐらい塾や予備校に行かないで自力で入れ!」と親に言われた俺が、大学に入った後に「塾」に入るというこのアイロニー。こういうことだったんですねお父さん。

歴史や格式が時折煩わしいこともある。
上に書いた『独特のルール』とは例えば寮生一人一人が「塾生」と呼ばれたり、「塾歌」という歌を覚えさせられ、折に触れ大声で歌わせられたりすることなどで、『独特のイベント』とは、例えば寮のあった多摩丘陵の閑静な住宅街を巨大なモニュメントを載せた台車を曳き回す奇祭を突発的に行ったりすることなどで、これを行う為に大学の授業を休まされたり、早く帰ってこさせられたりと、寮の様々な行事が何かと学生生活にちょっかいをだして来ていた。

一般の大学生がサークルだ、新歓だ、と楽しくやっている最中、我々は横一列に並ばされ「貴様等は塾歌をきちんと覚えたのか。あ?」というテストを強いられ、夜の神奈川北部で、今や遠くにある故郷の風景を随所に盛り込んだ郷愁溢れる素敵な歌詞を大声で歌っていた。
一般の大学生がクラスコンパだ、合コンだ、と新生活を彩る新しいネットワークを増やしていらっしゃる最中・・・!我々は「塾祭」という名のカーニバルにて新入塾生の出し物として発表する「創作ダンス(振り付け:俺)」の練習を必死で深夜遅くまで行っていたのである。

「いや、ホントに、そういうのが嫌だったわけではないですから・・!」と何度説明したことか。
一年と半年経ったときに、上京して一年経つのに一向に東京に慣れず友達も増えない事を、関東に存在する小さな故郷という甘い環境に自分が身を置いているためだと考えて俺はそこを出る事にした。

先ほどの『独特なルール/イベント』が煩わしかったのも確かにあり、それを原因に出て行く者も少なからず居た。
それも一つにはあるかもしれないが俺の場合は自分の学生生活を邪魔しないで欲しかった、ちょっと放っておいて欲しかったと言うより、あまりに住み心地が良過ぎるあまり、いつしか自分の東京生活の中で、東京/故郷、大学/寮、地元の友達/大学の友達、というような区別をしている自分に嫌気がさしたのだ。
人間関係を器用に出来ないので、寮を出たらよそ行きの自分、戻って来たら本当の自分、なんてことが続き、いつしか地元に居るときよりより強固な愛郷者になっていたような気もする。

本当は東京で一から新しい人間関係を築く自分の姿に憧れていたのだが、現実は寮に帰り、「関東の人間はあーだこーだ」と地元の仲間を言い合う日々で、俄然地元の仲間との絆ばかりが強まるばかり。
このままではただ東京で勉強しただけで、こちらに何ら思い出もコネクションも作る事無く、結局福岡あたりで仕事見っけて・・・、という未来に危機感を感じていた。

その後高円寺に引っ越し、風呂無し、金無し、出席無しの悲惨な大学生活がスタートするのだが、そんな高円寺生活とて結局最初はそこに住んでいた地元の友達を頼って行っただけであり、東京が!上京が!生きる意味が!プライスレスが!などと理由づけても俺は所詮そういうもんなのだ。
寮生活をしていた大学1年のときはほぼフルで単位を取ったことだし、2年のときだって同じくきちんと出席していた。大学の前半は学問への熱い情熱もまだあったし、垢抜けない真面目さもまだまだ持ち合わせていた。ましてや今みたいに他人の皮肉を言って笑いをとるだなんて・・・><
もし寮にいたら・・・なんてこともいまだに考えたりするが、寮を出て一人暮らしをした自分しか今ここには居ないのでどうしようもない。

そんな訳で一年と半年居ただけなのに今でも懐かしく思い出してしまう寮生活。
上京した興奮が一人暮らしの寂しさ、上京の不安で消されないというアドバンテージがあり、その中での生活は中々濃いものだった。そこに暮らす塾生(以後こう書くことにする)も変わった人が多く、その生活は大学で無理して友達を作る気を失せさせるほど魅力的だった。

今までも何度かあの日々を記事にしようかと思っていたのだが如何せん出来事が多過ぎるし、最初にあの特異なシステムの説明書きをするのが億劫でなかなかそれに至らなかったのだが、記憶の中からぽっかり抜け落ちている上京直後、そして一人暮らし前という何か混沌としていた時期の記憶を再び呼び戻すために、一つそのきっかけとして今後ぽつぽつと思い出しながら今後思い出す度に書いてみたいと思う。

というわけで、新カテゴリー「塾」を追加しました。

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| fabricio zukkini | | 22:03 | comments(2) | - | pookmark |







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